『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』を観る②。
(①より。こちらもネタバレなので下げます)
後半はTHE BEATLES解散直後に発表されたジョージのソロ大作『All Things Must Pass』にとどめを刺す。プロデューサー、フィル・スペクターの伝家の宝刀"wall of sound"によって彩られた渾身の3枚組LPは、今でも買いに行った際の、そのレコード店の袋のずっしりとした感触を覚えている。もちろんリアルタイムのリリースで購入したのではなくかなり後追いではあったけれど、古い音というイメージはその時でも無かった。映画館のサラウンドシステムで聴く"I'd Have You Anytime"や"Wah-Wah"や"What Is Life"はそれはそれはエネルギーと自信に充ち溢れていて、当時BEATLESから解き放たれた才能が物凄いスピードで放射されていたのが良く分かる。シングルカット"My Sweet Lord"とアルバム両方でのビルボードNo.1獲得も納得。どうしてこれらの作品群がTHE BEATLESというグループの中では却下され続けてきたのか今でも不思議で仕方がない。
現在のフィルがインタビューに応えていたが、まるでジャバ・ザ・ハットのようになってしまった体型に不可思議な髪型(カツラかな…)、ガザガザ声にトンでる視線で唖然となってしまった。収監中とかいう話だがいったい何をやらかしたのか…かつて名プロデューサーの名声を欲しい儘にしていた頃の面影は微塵も無い。他にもジョージのワークスに多数関わっている彼がそんな姿で誇らしげに当時を語っているのは、正直ちょっと哀れな感じが否めなかった。
「バングラ・デシュのコンサート」や'74年の全米ツアーなど、表舞台で華々しく活躍していた頃の映像は良く観たモノだったが、あの全米ツアーでのガラガラ声は耳にキツい。"Wah-Wah"の高音をフェイクせざるを得ないところは痛々しい限り。バックステージで紅茶のうがいをするシーンはレアで面白かったけれど。アルバム『Dark Horse』のタイトル曲などではあのダミ声がかえって効果的なのだけどなぁ。興行的には成功だったが評価が低かった(声だけでなく旧曲のアレンジについても批判があったらしいが)というのは分かるような気がした。
「バングラ…」では記者会見シーンでジョージの横に何かと物議を醸した男…当時のマネージャー、アラン・クラインのふてぶてしい(失礼っ!)姿があって「あーあーあーこの人もいたっけなぁ」とwとにかく交友関係の広いジョージだが、時々ワケガワカランお友達がいたりする。その最たるものが…などと思っていたら、好々爺な風貌のニール・アスピナルが嬉々として"ヘルズ・エンジェルズのパーティ占拠事件"を語っちゃってるので思わず噴き出してしまったwこれは写真が残っているなら一度拝んでみたいのだが。まぁこれを「交友関係」と呼んでいいのかどうか微妙…w
その全米ツアーの後、表舞台から一歩引いてしまったジョージ。しかしそこからトラヴェリング・ウィルベリーズ結成までの間も、コンスタントにアルバムを作りシングルカットも出していたのだが、この本編ではそのあたりがかなり端折られていて、その点はいささか不満に思っている。モンティ・パイソン映画への資金提供や数多くのミュージシャンとの公私に渡るセッション、自宅フライアー・パークの広大な敷地を"庭師"よろしく自ら作り変える姿など、自身の創作活動よりは彼の人となりに焦点を当てたかったのは重々分かるが、スルーされた作品群の中には良いモノ、話題を呼んだモノも少なくない。承服し難いだろう"My Sweet Lord"盗作裁判を皮肉った"This Song"は楽曲のみならずプロモーション・フィルムがなかなかの傑作だし、『Cloud Nine』からのシングルカット"Set On You"はカヴァー・バージョンながら久々の全米1位になったりもした。他にも、確かに派手さは無いが彼らしい気持の良いチューンが沢山あっただけに勿体ないような…。
そうそう、モンティ・パイソンの映画は『Life Of Brian』は流れたが肝心の『All You Need Is Cash/RUTLES』は使われなかった。THE BEATLESの皮肉たっぷりのパロディが満載の傑作でジョージ自身も出演(!)しているのに、公式イメージが映るに留まったのも残念。エリック・アイドルもあんなに「コロコロ」してしまって本当に時の流れとは残酷。
折角元F1世界王者のジャッキー・スチュワート御大にまで登場して頂いたのに、何故"Faster"を流さない?そこは個人的にかなり期待していたので肩すかし。だってそのプロモにはジャッキーがゲスト出演してるのだから。物質社会に異を唱え、精神世界の傾倒を明確にしていたジョージが何故、物質社会の権化のようなF1にあれほど入れ込んでいたのか、そのあたりももっとハッキリと聞いてみたかった。まぁワタシ自体がF1好きなのでますます惜しく思っているだけなのかも知れないがw
ジョージの死を看取った家族の言葉は重い。父親に生き写しの息子ダーニは自分の父親が最期までいかに人生を楽しんでいたかを自信に満ちた表情で語っていた。ミキサーのある部屋で楽しげに音楽を奏でる父子のプライヴェート映像は初めて観たが、まるでジョージがタイムマシンで若返った自分といるようだった。Tシャツの袖から見えた左腕のタトゥーが何を意味するのか(文字のようだったと記憶)少々気になったが、彼もまた父親と同じ道を行くようだ。「父は『学校なんか行かなくて良い』と言うので、僕は学校に行くことで反抗していたんだ」と語る、ちょっとはにかんだような横顔はジョージそのものだった。
妻オリビアの見事な「いい女っぷり」には同性としてただただ見惚れるばかり。最愛の夫が末期癌にかかり、余命幾ばくも無いことを突き付けられたまま過ごすのはさぞかし辛かったと思う。彼女もまた夫の語る精神世界に浸ろうとしていたかも知れないが、現実というのはそう生易しいものではないし、その辛さがあったからこそのあの「いい女っぷり」なのだと思う。夫婦で暴漢に襲われた事件は当時報道で知ったが、詳細については良く分かっていなかった。彼女の語りを聴いてそれほどに怖ろしい状況であったと知った。時折目を潤ませ視線を泳がせ、声を振るえさせながら当時の状況を語るオリビアに「もういいから」と声をかけたくなった。反撃にあって傷ついた犯人の顔写真も衝撃だったが、刺し傷を負いながら果敢に犯人に立ち向かって打ち倒したジョージが後に「自分は犯人を殺そうとした。そんな自分が怖ろしい」と述懐していたというのも驚きだった。彼らしいと言うべきなのかどうなのか。
「生存するビートル」ポール・マッカートニーとリンゴ・スターも、クラプトンに負けず劣らずあれこれ語っている(元同僚なのだから当然w)。ポールの受け答えはやはりスポークスマン的で、映画『Let It Be』のあの有名なポールとジョージの口論シーン(今回も流れた)が頭にこびり付いていて、少々複雑な気分になる。「ビートルズは完全な四角なんだ。どこか一つがずれたり無くなったりしたらそれはもうダメなんだ」という彼の言葉を、そのまま100%額面通りに受け取って良いのか躊躇する。しかしBBC『ビートルズ・アンソロジー』収録のために3人が集まったシーンで、ジョージがポールに「ヴェジタリアンのくせに皮ジャン着てるのかい?」とジョークを飛ばして大笑いになった時点でそれはもう御破算で良いのかなとも思った。ポールはポールで、バンドと仲間を心底愛するが故に「行き過ぎた」態度もあったのだろうから。
リンゴとの関係はまるで「Wボケ」のようだとつくづく思うw共に出演したTV番組で(イメージとしては「あのスターは今」的な番組に見えたのだが?)互いにゆるーいジョークを飛ばし合う姿はやたらほのぼのとする。失礼を承知で敢えて申し上げるが、ジョンとポールの背後で「Fab Four2軍」的な見られ方をされていただろう2人の心の通じ合いはかなり堅固だったことがうかがえる。"Here Comes The Sun"のミドルの7拍子を「掴んで」大はしゃぎしたエピソードを語るリンゴは最年長なのに少年のようだ。
そしてジョージとの最期の会話となった面会を語る場面はかなり切なかった。折角面会に来られたのに、この後すぐに今度は自分の家族の見舞いに行かなければならないというリンゴに、既に寝たきりになっていたジョージが「じゃあ僕も一緒に行こうか?」と。堪え切れずに涙を流し、即「ああ、これじゃ感動物語になっちゃうな」とおどけてみせるリンゴが、全編の最後を全部持って行ったように思えた。
「じゃあ僕も一緒に行こうか?」これがある意味、ジョージ・ハリスンという人間の人生を端的にあらわした言葉だったのだと今は思う。伝説のグループに所属し、押しも押されぬスーパースターとなってからも、この人の根底にはただただ「気の置けない仲間と人生と音楽を楽しむ」という指針があっただけなのかも知れない。ジャンルを超えて呆れるほど広い交友録も、スターらしからぬ謙虚さと、人の為にひと肌脱ぐことに全く躊躇しないおおらかさが創り上げた財産だろう。モンティ・パイソン映画への資金援助の為に自宅を抵当に入れたというのはさすがに行き過ぎとも思うが、「彼は映画が見たかったんだ。世界最高額の入場料さ」と語るエリック・アイドルの言葉には唸らざるを得ない。
他にも「バングラ・デシュのコンサート」は言うに及ばず、F1界でも癌で他界したドライバー、グンナー・ニルソンにちなんで設立された癌基金に"Faster"の売り上げを寄付したりと(そのこともあって本編では"Faster"を流して欲しかったのだが)、大小様々なチャリティーにも協力しているが、そこに在る彼は決して押し付けがましくなく、幕の裏から顔を覗かせて「皆これで楽しい思いが出来るなら僕もちょこっと混ぜてもらおうかな」とでも言いたげに、はにかんだ表情を見せている姿が浮んで来るのだ。そういう人柄が、他人を惹きつけてやまなかったのだろうと思う。
実は1991年のジャパン・ツアー、東京ドーム公演を観ているのだが、情けない事にその時の記憶が信じられないほど落ちてしまっている。一時期、公演に行ったこと自体もあやふやなくらい。それほど長い間、遠ざかっていたということだろう。今回このただただ長いだけの書き殴りをしているうちに、ある事を思い出した。終演後、ドームの出口で大学時代の後輩に偶然会ったのだ。お互い久しぶりでビックリだったのもあったが、彼がにっこり笑って「やっぱジョージ最高っすよね!」と言った光景が、今頃になって甦って来た。公式に発売されたライブCDももちろん持っている。CDラックの奥の方に入っていたものを、今引っ張り出してみようと思ったのは、この後輩の記憶と、今回の映画のお陰である。






























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