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『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』を観る②。

(①より。こちらもネタバレなので下げます)

後半はTHE BEATLES解散直後に発表されたジョージのソロ大作『All Things Must Pass』にとどめを刺す。プロデューサー、フィル・スペクターの伝家の宝刀"wall of sound"によって彩られた渾身の3枚組LPは、今でも買いに行った際の、そのレコード店の袋のずっしりとした感触を覚えている。もちろんリアルタイムのリリースで購入したのではなくかなり後追いではあったけれど、古い音というイメージはその時でも無かった。映画館のサラウンドシステムで聴く"I'd Have You Anytime"や"Wah-Wah"や"What Is Life"はそれはそれはエネルギーと自信に充ち溢れていて、当時BEATLESから解き放たれた才能が物凄いスピードで放射されていたのが良く分かる。シングルカット"My Sweet Lord"とアルバム両方でのビルボードNo.1獲得も納得。どうしてこれらの作品群がTHE BEATLESというグループの中では却下され続けてきたのか今でも不思議で仕方がない。

現在のフィルがインタビューに応えていたが、まるでジャバ・ザ・ハットのようになってしまった体型に不可思議な髪型(カツラかな…)、ガザガザ声にトンでる視線で唖然となってしまった。収監中とかいう話だがいったい何をやらかしたのか…かつて名プロデューサーの名声を欲しい儘にしていた頃の面影は微塵も無い。他にもジョージのワークスに多数関わっている彼がそんな姿で誇らしげに当時を語っているのは、正直ちょっと哀れな感じが否めなかった。

「バングラ・デシュのコンサート」や'74年の全米ツアーなど、表舞台で華々しく活躍していた頃の映像は良く観たモノだったが、あの全米ツアーでのガラガラ声は耳にキツい。"Wah-Wah"の高音をフェイクせざるを得ないところは痛々しい限り。バックステージで紅茶のうがいをするシーンはレアで面白かったけれど。アルバム『Dark Horse』のタイトル曲などではあのダミ声がかえって効果的なのだけどなぁ。興行的には成功だったが評価が低かった(声だけでなく旧曲のアレンジについても批判があったらしいが)というのは分かるような気がした。

「バングラ…」では記者会見シーンでジョージの横に何かと物議を醸した男…当時のマネージャー、アラン・クラインのふてぶてしい(失礼っ!)姿があって「あーあーあーこの人もいたっけなぁ」とwとにかく交友関係の広いジョージだが、時々ワケガワカランお友達がいたりする。その最たるものが…などと思っていたら、好々爺な風貌のニール・アスピナルが嬉々として"ヘルズ・エンジェルズのパーティ占拠事件"を語っちゃってるので思わず噴き出してしまったwこれは写真が残っているなら一度拝んでみたいのだが。まぁこれを「交友関係」と呼んでいいのかどうか微妙…w

その全米ツアーの後、表舞台から一歩引いてしまったジョージ。しかしそこからトラヴェリング・ウィルベリーズ結成までの間も、コンスタントにアルバムを作りシングルカットも出していたのだが、この本編ではそのあたりがかなり端折られていて、その点はいささか不満に思っている。モンティ・パイソン映画への資金提供や数多くのミュージシャンとの公私に渡るセッション、自宅フライアー・パークの広大な敷地を"庭師"よろしく自ら作り変える姿など、自身の創作活動よりは彼の人となりに焦点を当てたかったのは重々分かるが、スルーされた作品群の中には良いモノ、話題を呼んだモノも少なくない。承服し難いだろう"My Sweet Lord"盗作裁判を皮肉った"This Song"は楽曲のみならずプロモーション・フィルムがなかなかの傑作だし、『Cloud Nine』からのシングルカット"Set On You"はカヴァー・バージョンながら久々の全米1位になったりもした。他にも、確かに派手さは無いが彼らしい気持の良いチューンが沢山あっただけに勿体ないような…。

そうそう、モンティ・パイソンの映画は『Life Of Brian』は流れたが肝心の『All You Need Is Cash/RUTLES』は使われなかった。THE BEATLESの皮肉たっぷりのパロディが満載の傑作でジョージ自身も出演(!)しているのに、公式イメージが映るに留まったのも残念。エリック・アイドルもあんなに「コロコロ」してしまって本当に時の流れとは残酷。

折角元F1世界王者のジャッキー・スチュワート御大にまで登場して頂いたのに、何故"Faster"を流さない?そこは個人的にかなり期待していたので肩すかし。だってそのプロモにはジャッキーがゲスト出演してるのだから。物質社会に異を唱え、精神世界の傾倒を明確にしていたジョージが何故、物質社会の権化のようなF1にあれほど入れ込んでいたのか、そのあたりももっとハッキリと聞いてみたかった。まぁワタシ自体がF1好きなのでますます惜しく思っているだけなのかも知れないがw

ジョージの死を看取った家族の言葉は重い。父親に生き写しの息子ダーニは自分の父親が最期までいかに人生を楽しんでいたかを自信に満ちた表情で語っていた。ミキサーのある部屋で楽しげに音楽を奏でる父子のプライヴェート映像は初めて観たが、まるでジョージがタイムマシンで若返った自分といるようだった。Tシャツの袖から見えた左腕のタトゥーが何を意味するのか(文字のようだったと記憶)少々気になったが、彼もまた父親と同じ道を行くようだ。「父は『学校なんか行かなくて良い』と言うので、僕は学校に行くことで反抗していたんだ」と語る、ちょっとはにかんだような横顔はジョージそのものだった。

妻オリビアの見事な「いい女っぷり」には同性としてただただ見惚れるばかり。最愛の夫が末期癌にかかり、余命幾ばくも無いことを突き付けられたまま過ごすのはさぞかし辛かったと思う。彼女もまた夫の語る精神世界に浸ろうとしていたかも知れないが、現実というのはそう生易しいものではないし、その辛さがあったからこそのあの「いい女っぷり」なのだと思う。夫婦で暴漢に襲われた事件は当時報道で知ったが、詳細については良く分かっていなかった。彼女の語りを聴いてそれほどに怖ろしい状況であったと知った。時折目を潤ませ視線を泳がせ、声を振るえさせながら当時の状況を語るオリビアに「もういいから」と声をかけたくなった。反撃にあって傷ついた犯人の顔写真も衝撃だったが、刺し傷を負いながら果敢に犯人に立ち向かって打ち倒したジョージが後に「自分は犯人を殺そうとした。そんな自分が怖ろしい」と述懐していたというのも驚きだった。彼らしいと言うべきなのかどうなのか。

「生存するビートル」ポール・マッカートニーとリンゴ・スターも、クラプトンに負けず劣らずあれこれ語っている(元同僚なのだから当然w)。ポールの受け答えはやはりスポークスマン的で、映画『Let It Be』のあの有名なポールとジョージの口論シーン(今回も流れた)が頭にこびり付いていて、少々複雑な気分になる。「ビートルズは完全な四角なんだ。どこか一つがずれたり無くなったりしたらそれはもうダメなんだ」という彼の言葉を、そのまま100%額面通りに受け取って良いのか躊躇する。しかしBBC『ビートルズ・アンソロジー』収録のために3人が集まったシーンで、ジョージがポールに「ヴェジタリアンのくせに皮ジャン着てるのかい?」とジョークを飛ばして大笑いになった時点でそれはもう御破算で良いのかなとも思った。ポールはポールで、バンドと仲間を心底愛するが故に「行き過ぎた」態度もあったのだろうから。

リンゴとの関係はまるで「Wボケ」のようだとつくづく思うw共に出演したTV番組で(イメージとしては「あのスターは今」的な番組に見えたのだが?)互いにゆるーいジョークを飛ばし合う姿はやたらほのぼのとする。失礼を承知で敢えて申し上げるが、ジョンとポールの背後で「Fab Four2軍」的な見られ方をされていただろう2人の心の通じ合いはかなり堅固だったことがうかがえる。"Here Comes The Sun"のミドルの7拍子を「掴んで」大はしゃぎしたエピソードを語るリンゴは最年長なのに少年のようだ。

そしてジョージとの最期の会話となった面会を語る場面はかなり切なかった。折角面会に来られたのに、この後すぐに今度は自分の家族の見舞いに行かなければならないというリンゴに、既に寝たきりになっていたジョージが「じゃあ僕も一緒に行こうか?」と。堪え切れずに涙を流し、即「ああ、これじゃ感動物語になっちゃうな」とおどけてみせるリンゴが、全編の最後を全部持って行ったように思えた。

「じゃあ僕も一緒に行こうか?」これがある意味、ジョージ・ハリスンという人間の人生を端的にあらわした言葉だったのだと今は思う。伝説のグループに所属し、押しも押されぬスーパースターとなってからも、この人の根底にはただただ「気の置けない仲間と人生と音楽を楽しむ」という指針があっただけなのかも知れない。ジャンルを超えて呆れるほど広い交友録も、スターらしからぬ謙虚さと、人の為にひと肌脱ぐことに全く躊躇しないおおらかさが創り上げた財産だろう。モンティ・パイソン映画への資金援助の為に自宅を抵当に入れたというのはさすがに行き過ぎとも思うが、「彼は映画が見たかったんだ。世界最高額の入場料さ」と語るエリック・アイドルの言葉には唸らざるを得ない。

他にも「バングラ・デシュのコンサート」は言うに及ばず、F1界でも癌で他界したドライバー、グンナー・ニルソンにちなんで設立された癌基金に"Faster"の売り上げを寄付したりと(そのこともあって本編では"Faster"を流して欲しかったのだが)、大小様々なチャリティーにも協力しているが、そこに在る彼は決して押し付けがましくなく、幕の裏から顔を覗かせて「皆これで楽しい思いが出来るなら僕もちょこっと混ぜてもらおうかな」とでも言いたげに、はにかんだ表情を見せている姿が浮んで来るのだ。そういう人柄が、他人を惹きつけてやまなかったのだろうと思う。

実は1991年のジャパン・ツアー、東京ドーム公演を観ているのだが、情けない事にその時の記憶が信じられないほど落ちてしまっている。一時期、公演に行ったこと自体もあやふやなくらい。それほど長い間、遠ざかっていたということだろう。今回このただただ長いだけの書き殴りをしているうちに、ある事を思い出した。終演後、ドームの出口で大学時代の後輩に偶然会ったのだ。お互い久しぶりでビックリだったのもあったが、彼がにっこり笑って「やっぱジョージ最高っすよね!」と言った光景が、今頃になって甦って来た。公式に発売されたライブCDももちろん持っている。CDラックの奥の方に入っていたものを、今引っ張り出してみようと思ったのは、この後輩の記憶と、今回の映画のお陰である。

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『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』を観る①。

2011112515410001 タイトルが日頃ちょくちょくお邪魔しているサイトさんのパクリみたいですみません(苦笑)。11月25日金曜日、仕事帰りに職場最寄りのシネコンに寄って鑑賞。映画の公式サイトはこちら。

http://gh-movie.jp/

(以下、敬称略。そして激しくネタバレしていますので下げます。公開は12月2日まで)

ジョージの音楽から御無沙汰になって15年ほど経つ自分は、途中に休憩時間10分を挟んで4時間弱という上演時間にまず二の足を踏んだ。しかしモタモタ悩んでいたらたった2週間の上映期間はあっという間に過ぎてしまいそうで、二の足を踏みつつも何とかならんもんかとウジウジしていたら、たまたま都合よく金曜の夜の予定が空き、思い切って15年の空白を埋めてみようと決意。15年前で止まっている情報の更新も出来るだろうし、何より天下のスコセッシ監督が指揮を執ったというのが一番の後押しだったかも知れない。

夕方4時半からの上演ということもあって、入りはさすがにパラパラという感じだったが、客層はやはり自分より"お兄さんお姉さん"かなw休日の早い回では満員という館もあり、封切り直後のぴあの出口調査で「満足度一位」の称号も獲得とのこと。まぁどう考えてもお客の大半はファンなのだろうから…とやや斜め見しつつ"長丁場"に挑戦。

結論から言うと、4時間弱の長さは全くと言って良いほど感じなかった。流れる楽曲や映像で懐かしい記憶がバカスカ甦ってのめり込んで観てしまった自分の感覚が、評価にちょいと下駄を履かせているところは否定しないけどwまず構成が素晴らしくテンポが良くて飽きさせない。昔から良く知っている(メジャーに何度も流れていた)映像・画像と、レアなモノ(あくまで自分基準だが)とが綾のように組み合わさって流れに起伏を与えてくれているのが楽しかった。THE BEATLES時代のもの(特にアイドル期)はもう散々観たモノが多かったけど、あの"ビートルマニア"の大混乱の中で故郷の両親に「元気でやってるから心配しないで」という、ジョージからの気遣いの手紙などが挿入されると(手紙の朗読が息子・ダーニ・ハリスンというのが心憎い)、押しも押されぬスーパーアイドルの顔がその瞬間、ふっと地方の港町のいちあんちゃんに戻るような感触があって微笑ましかった。

映画を観る前に↑の公式ページでインタビューの中にアストリッド・キルヒヘアの名を確認してとても楽しみにしていた。メジャーデビュー前のTHE BEATLESに多大な影響を与えた故スチュアート・サトクリフとアストリッドのインテリジェンス溢れるカップルの片割れは、やはり素敵なおばさまになっていた。初期BEATLESのモノクロームのイメージは彼女の感性に由来したと言っても良い。総天然色wの健康美がアイドルの基本だったような時代にあのクールなイメージを備えた彼らはそれは新鮮に見えたのではないかと(2枚目のアルバム『WITH THE BEATLES』ジャケット参照)。本編にアストリッドが撮った若き日のジョンとジョージのショットが数枚出て来たが、今でも充分にクールで決まって見える。同じハンブルク時代からの付き合いであるクラウス・フォアマンの語りも良かった。彼らと共に天国も地獄wも見て来たクラウスの、誠実に(しかし中身はそれなりに壮絶…)語る姿が印象深い。

前述したように、スーパーアイドル時代の写真や映像は見慣れたモノが多かったけど、ジョージの初の自作となった"Don't Bother Me"のスタジオテイクの音声は初めて聴いた。こっちの勝手な想像だが、スーパーグループの"永遠の弟分"みたいな立場の彼が半ば申し訳なさそうにテイクを重ねていく姿が目に浮かぶようだった。露骨に言えば、レノン&マッカートニーレベルに近づかなければ採用されなかったという内情は想像出来るけど、この曲はこの曲でやっぱりジョージらしい。軽さと影。ソロ時代の彼が自分のアイドル時代のモノクロ映像を見て楽しげに笑っているシーンがあったが、流れていたのは3声のハーモニーが美しい"This Boy"だったか。ソロで歌うとどうも頼りなげな彼の声は、ハーモニーになると途端に存在感を増す。この"This Boy"でも一番難しそうな要のパートを歌っているはずだ。「良いね、これ」と微笑みつつ、おどけながら当時のハーモニーを口ずさむ彼の楽しそうな表情が良い。内心、自画自賛していたのかも知れないw

インド音楽・哲学への傾倒の場面はやはり今でも難解でとっつきにくい。ジョージのファンであったのにこれではマズイのだろうけど…正直言って彼のインドに関するアレコレについては昔からあまり共感は持てなかった。"Love You Too"は楽曲自体がパワフルで好きだが、より完成度が高い傑作と言われる"Within You Without You"は好みでは無い。さすがにここまで徹底されるとかったるい(爆)。しかし彼のシタールの師匠で精神的拠り所でもあったラヴィ・シャンカールのプレイには鳥肌が立つ。単に好みの問題だな(苦笑)。

本編にはイギリス版?『朝まで生テレビ』みたいな討論番組の映像があったが、神秘思想にのめり込んで行くBEATLESへの疑問をジャーナリストっぽいオジサマ方がぶつけている。ジョンとジョージがそれに答えているのだけど、どこか「やってらんねぇな」という風体wのジョンとは対照的に、真っすぐな目で相対し滔々と意見を述べるジョージは正直ちょっと怖い。それだけ(あまり使いたくない単語だが)"純粋"だったということか。それに曲作りの点でどうしてもレノン&マッカートニーに頭を押さえつけられた格好だった彼が、インドというきっかけを得てグループの精神的なイニシアチブを取っているかのような位置づけになったというのも大きいかも知れない。マハリシ・マヘシュ・ヨギのあの特異な声を久々に聴いたがw「"Sexy Sadie"の幻滅」については濁していたような。マハリシのインタビュアーはあのデイビット・フロストなんだろうか。

しかし、オフに音楽や哲学を吸収する為にあちこちに足を伸ばしているジョージの姿は実に安らかに見えていて、魚眼レンズで撮った数々のセルフ・ポートレイトは穏やかで且つ生き生きとしている。崩れかけのマッシュルーム・カットに口髭のアンバランスさはむしろ、ここまで全身にこびり付いたしがらみをこそげ落とした「生の彼」そのものなのだろうと思った。物質社会の最たる現象とも言えるBEATLESの喧騒を離れて、陽の光や水の流れ、風の音に身を投じているような姿は、本当にこの人は稀代のポップ・スターだったのだろうかと不思議になる。

全編を通じて最も多くを語ったのが親友エリック・クラプトンだろう。音楽に関してはもちろんだが、何よりこの二人の間に存在した"運命の女性"について、結構あけすけに喋ってしまっているのがちょっとした驚きだったw三角関係の嵐の真っただ中にあっても、まるで何事も無いかのように共同で活動している二人の姿は凡人の理解の範疇を超えているのだけど、あの"Here Comes The Sun"が生まれた瞬間を写したかのようなジョージとエリックの「ツーショット」を見ていると、まるでこの二人こそが恋人同士であり夫婦だったかのようにさえ思えてくる。間に挟まれたパトリシア・アン・ボイドの苦悩やいかに。結果的に世間からの誹りを受けたこともあったろう。

インタビューで久々に拝見した彼女の姿は、映画『A Hard Day's Night』の頃の面影が(いくら歳を経たと言っても)微塵も無くてちょっとショックだったのだが、この女性がジョージとエリックから、ロック史、いや音楽史に残るとも言って良い名曲を2曲(言うまでも無く"Something"と"Layla")も捧げられていると思うと溜息が出る。ジョージ&パティの新婚当時?のバカンスでのプライヴェートな映像も流されていたが、クルーザーのデッキではしゃぐ若き日の彼女がちょびっとだけ仲里依沙に見えたのはまぁどうでも良い話w

前半の締めに"While My Guitar Gently Weeps"を持って来られたのには参った。自分が勝手にLED ZEPPELINの"Stairway To Heaven"と同等の"神曲"として崇め奉っている(←大げさw)一曲だ。この一曲でジョージはレノン&マッカートニーを超えた…「超えた」という言葉に語弊があるならば「レノン&マッカートニーから完全に飛び立った」でも良い。折しもLED ZEPPELINやDEEP PURPLEがデビューした頃である。それらの新しい波に真っ向から勝負出来た「文句なくカッコイイロック」だ。この曲にもジョージが心酔した哲学が流れているそうだが、それよりも何よりも楽曲そのものの魅力が半端無い。「BEATLESの中に入って演奏するなんて」と遠慮するクラプトンに「"君に"弾いて欲しいんだ」とリードソロを託したジョージ。それが最善だと思えば自分自身が弾く事に拘らない、「俺が俺が」とならない性格が後々、ビックリするほど広い交友関係と数々のセッションを生みだしていったのだろうなぁと感じた。

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…さすがに無計画な書き殴りw 相当長くなりそうなので一旦切ります。

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第56回 野村狂言座。

2011年11月18日(金)18:45~ 於:宝生能楽堂

◆『井杭(いぐい)』

 算置:井上靖浩 井杭:井上蒼大 何某:佐藤融

◆『酢薑(すはじかみ)』

 酢売:野村万作 薑売:石田幸雄

◆素囃子『黄鐘早舞(おうしきはやまい)』

 大鼓:原岡一之 小鼓:鳥山直也 笛:成田寛人

◆『瓢の神(ふくべのしん)』

 太郎:野村萬斎 瓢の神:石田幸雄
 鉢叩:深田博治・高野和憲・月崎晴夫・竹山悠樹・野村遼太
     ・中村修一・岡聡史


※『井杭』

名古屋・狂言共同社よりお越しいただきました。これはもう井杭役・井上蒼大くんの可愛らしさに尽きました♪習った事をきちんと元気良く声に出す姿が気持ち良い!そして例の"透明ハット(←ドラえもんw)"を被って周囲から見えなくなっている場面での仕草が更に可愛らしい!何某と算置が会話しているその間で、腹ばいになって両手で頬づえをしているのが凄く現代的可愛さなんだけど意外に違和感が無いんだな。確か野村さんちwではユウ君、そういうポーズは取らなかったよな…流派による型の違いか、それともちょっとしたアレンジなのか。

台詞も多いし長丁場(野村さんちより長めじゃないかと思います)な所為か、時折咳が出てしまったり鼻を掻いてしまったり、ふと「素の蒼大くん」に戻ってしまうところもあるにはありましたが…可愛さと一所懸命さで帳消しかなwww考えてみれば野村さんちのユウ君はこのくらいの頃からほとんど微動だにしなかったかも(^_^;)どっちが良いとか悪いとかは言いませんが、野村さんちは子方の稽古風景が全国ネットで流れた手前、物凄く厳しいイメージを持たれちゃってるし実際そうなのだろうなと、こういう子方の比較でどうしてもそう感じざるを得ないところはありますわな。

何某の佐藤師はいつぞやのござる乃座あたりで一度拝見していて、カラッと陽性の雰囲気を持っているのが結構好みだったりします。井杭を見る目がとても優しくて、可愛さのあまりに思わず頭をペチンとやっちゃうんだよー!というのがひしひし伝わって来て優しい気分になってしまったw蒼大くんパパである靖浩師の算置は立派な体格でw あまり胡散臭さは無かったですね。頼まれた占いを一所懸命やっている印象。全体的に暖かい、ほのぼのとした空気の『井杭』でした。ま、子方にはかなわないなーとw

※『酢薑』

終演後のTwitterへの呟きに「ビネガー&ジンジャー」と入れたら即フォロワーさんに伝わったwwwもしかしたらどっかのトークで萬斎師が横文字変換やってたかな?えー、随分昔に一回だけ観たと思いますこの曲。その時は正直…全然おもろいと思わんかった…あ、古いレポ探さないで下さいね~多分「良かった」って書いてある(爆)。狂言観始めて日も浅くておいそれと「面白くない」なんて書けないチキンでしたからwwwその時に誰が演じてたかも忘れてる。萬斎師じゃなかったような気がするんだけど…。

しかし今回の『酢薑』は面白かった!大半は言葉遊びで、それも「す」と「からい」を織り込んだ駄洒落を延々と繰り返すのみで(その割には駄洒落の元ネタが妙に由緒正しそうなエピソードだったり)、そのシャレ自体は今も昔もあまり面白いとは思えないんだけど(失礼っ!)今回は演者の巧みさで、笑いまで行っちゃって良いよね?というノリになれました。万作師と石田師の盤石師弟コンビで隙が無く、お二人ともそうあざとく駄洒落を強調せずに、場の空気でユルい面白さが伝われば良いな、ぐらいな感じでしょうか。そんな良い意味での力の抜け具合がさすがというか。逆に若い人だとどうしても「面白くしてやろう!」感が前に出るんじゃないかなぁと。

最初は商い場所を巡って張り合ってた二人も、駄洒落の応酬後には何となく心惹かれあっていく様が暖かい印象でしたねぇ。数年前はいったい何を見てたんだろう自分(*_*;

※『黄鐘早舞』

パーカッションズwのコンビネーションにブラボー!!!この一言に尽きるかな。スキっとキレ味の良いリズム隊でした。鼓の音だけでなく掛ける声も良かった。釣られて笛もどんどん冴え冴えとした音になっていったと思います。素囃子が良く聞こえた日はテンションあがるんですよねw

※『瓢の神』

初見。そもそも茶筅なるモノを売ってどれだけ生計の足しになるのかという疑問を持ちつつもw前半は淡々と話が進んで行き、石田師演じる瓢の神が思いの外きらびやかでwヒョウタンの神様とは思えないゴージャス感だったりするあたりに妙に意識が向いてしまってましたwあとは"着流し"スタイルだと中にアンコ詰めまくってる萬斎太郎の上半身が妙に膨らんで見える(細身なのでしゃーないですね)とか変なとこばっか観ててすみませんw特に大きな笑いどころも無く、どういうオチにするのかなと見守っていたら、ラストに長いレビューが待っていたwww

先ほどの『酢薑』のベテランの落ち着きとは好対照?の、若手中心の「元気が資本」的踊り念仏がにぎやか極まりない。左右2列で向き合って、相対する2人同士で一組ずつ前に出てクルクル回りながら「なもうだ、なもうだ」と掛け合うのだけれど、意外に細かい演出があって気づくと面白い。二人向き合った時は「表打ち」リズムで強く謡い、くるっと回って背中合わせになると「裏打ち」リズムでちょい控え目に謡う。その緩急が音楽的に高揚感を煽るんですね。

そのリズム変化を担っているのが"鉢叩リーダー"的役柄の深田師。鉦鼓でリズムをリードするのですが、表打ちが「チン、チン」なら裏打ちは「ン、チン、ン、チン」となるわけで、表と裏の切り替わりの瞬間に深田師の表情に緊張感が走るのがしっかり見てとれて(失礼www)ズレたら台無しだし責任重大だったと思われますw

若人たちはもちろん元気いっぱいの踊り念仏でしたが、やはり萬斎師はじめとする「中堅層」の所作のキレは綺麗でしたね。そして観ながら「これ、こうやって狂言として単独で演じるより、能のアイで演じた方が映えるんじゃないかなぁ」と思っていたら、案の定パンフレットに「能『輪蔵』の替間『鉢叩』から発想して作られた」という一文が載っていました。『御田』なんかに近いかも。結局オチらしいオチは無いんですけど、元気にリフレインする踊り念仏は祝祭性が強くて、まぁ能楽堂なので遠慮しましたがホールだったら客席の手拍子ウェルカムだったんじゃないでしょうか。実際、音が出ないように小さく、膝の上で手を叩いてリズムを取っているお客さんもいらっしゃいました。

「普段あまり掛からない曲を」という野村狂言座の主旨そのまんまの番組でしたが、よそのお家の面白さを堪能したり新しい発見があったりとかで、なかなか濃い鑑賞が出来たように思います。最後の最後でミソつけるのもナンですが…パンフ裏表紙の『三番叟』寄稿文に目を通すとあの"悪夢の9月21日"の記憶が甦って正直、こめかみ辺りで「ぷちっ」と音がしました(爆)。いやもう…そりゃ「空前絶後」だったかも知れませんが結局辿りつけず観られなかった者としては痛い痛い思い出なんですよ…そう能天気に一言で済まされても…。

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県民のための能を知る会 横浜公演。

2011年11月16日(水)13:00~ 於:横浜能楽堂

◆挨拶・解説 中森貫太

◆仕舞『頼政(よりまさ)』 
 
 観世喜之
 地謡:五木田三郎・駒瀬直也・遠藤喜久・桑田貴志

◆狂言『通円(つうえん)』
 
 通円の霊:野村萬斎  旅の僧:竹山悠樹  所の者:岡聡史
 大鼓:安福光雄 小鼓:鵜澤洋太郎 太鼓:観世元伯 笛:一噌隆之
 地謡:深田博治・高野和憲・村井一之・内藤連
 後見:月崎晴夫

◆講演「頼政をめぐるいくつかの話題」 馬場あき子

◆能『鵺(ぬえ)』白頭

 (前シテ)舟人/(後シテ)鵺:中森貫太
 旅僧:殿田謙吉  里人:石田幸雄
 大鼓:安福光雄 小鼓:鵜澤洋太郎 太鼓:観世元伯 笛:一噌隆之
 地謡:五木田三郎・駒瀬直也・鈴木啓吾・古川充・佐久間二郎・小島英明
    ・坂真太郎・中森健之介
 後見:観世喜之・奥川恒治

◆質疑応答 中森貫太

久々の"ハマ午後1時始まり"は忙しかった(^_^;) ほぼ定刻に開演し中森貫太師のご挨拶が済むと大きなハプニングが。本来ならこのご挨拶の後に馬場あき子先生の講演が入っていたのですが、この段階で馬場先生が会場にまだみえていないのが発覚。急遽、貫太師が演目解説も担当する事になった次第。そこはさすがに慣れている貫太師、そつなく笑いも絡めたお話が聴けてこれはこれでラッキーだったかもw 以下、その臨時解説の概要。

※解説

仕舞『頼政』。源頼政は源姓でありながら平家全盛の時代に三位の位まで出世した。武士としても有能だったが、和歌の才にも長けていて時の帝に気に入られていた。平家側は彼をかなり煙たがっていただろう。

頼政と言えば鵺(ぬえ)退治の逸話が有名。帝が夜な夜な鵺という妖怪に悩まされ夜も眠れぬ状態とあって、その鵺退治に頼政が抜擢された。これは平家側から命じられたのだが、帝に何かと引きたてられる目障りな頼政に恥をかかせてやろうと平家が仕組んだものであった。しかしその期待に反して頼政は見事鵺を仕留めてしまい、帝は大いに喜んで彼に刀を賜り、平家の目論見は失敗に終わった。この鵺の正体については、頼政が極度のマザコンwであったという説から、頼政の母親の執心がバケモノになったとも言われている。愛しい息子に大きな手柄を立てさせてあげたいばかりに、その思いが募って帝の寝所に現れ、息子の妖怪退治のきっかけを「作ってあげた」というもの(要するに親子でマッチポンプみたいなw)。

後に頼政は高倉宮以仁王を連れ出し平家への謀反を企てる。頼政は宇治川のほとりの平等院に陣をしき、川の橋を落として追って来る平家を待ちかまえた。しかし橋が無いのをものともせず田原忠綱の軍勢が川を渡って侵入し、頼政軍と戦闘に入る。敗れた頼政は平等院で自害。これが平家物語でも有名な「宇治川の戦い」。

狂言『通円』。通円は実在の人物で、宇治川の戦いで頼政と共に闘い討死を遂げている。この狂言では宇治川の戦いを「宇治の茶会」にもじって、通円が来る客来る客に茶を点て続け遂には点て死にするという凄まじくも可笑しいお話でw 『頼政』のパロディになっている。実際に今現在の宇治には「通円茶屋」というお店があって営業している。地謡も囃子方も登場して、狂言というよりは能を観ているような気分になるかも知れない。今回、『頼政』と『通円』の詞章をプリントして配布したので、比べてみるとどこがシャレになっているのか良く分かると思う。詞章だけでなく、舞の動きも良く似ているので是非注意して比較してみていただきたい。

能『鵺』。元々小書は空欄。観世銕之丞家で「白頭」という小書をつけた。平成14年に観世流の正式な小書に(←注:このあたりメモがあやふやで間違いがあるかも知れません。何かありましたらご指摘いただけましたら幸いです)。通常は(後シテは)赤頭だが、"白"は「色が無くなる」という意味で、長く歳を経たイメージ。言わば「ジジイ仕様」w しかしこの曲、型つけが沢山あるのでジジイの割にはやたら動くwww申し合わせで「(こんなに動いて)どこが白頭なんだか分からん!」と言われてしまったw 父は生前、この白頭があまり好きでなかったようで、もし今ココに居たら「やるな!」と言われたかも知れない(ちょっと上を見上げる貫太師)。まぁ実際演じてみて皆さんにどのように見えるか楽しみでもある。

(解説の前のご挨拶の際に、今回の『鵺』で使用される面について紹介が。前シテ・舟人は「千種怪士(ちぐさあやかし)」、後シテ・鵺の亡霊は「猿飛出(さるとびで)」)

※仕舞『頼政』

源頼政「最後の戦い」宇治川の戦いのくだり。平家に反旗を翻した頼政の最後の雄姿を、喜之師の舞で再現します。お恥ずかしながら、宇治川の戦いの際に頼政が既に齢70を超えた老体であったと今回初めて知りまして(^_^;) なるほど喜之師の枯淡の舞はそれを思えば実にしっくりと。ラスト、敗戦を確信した頼政が平等院の芝の上で自決するくだりはぐっときます。来年のNHK大河ドラマに想いを馳せつつw…やはりこの時代の戦記物は良いです♪

※狂言『通円』

前の仕舞の舞と謡いをところどころ頭の中で反芻しながらw『通円』へ。渡されたプリントに目を落としつつ、同時に通円の姿も楽しむのはなかなか大変(^_^;) しかし、実際にどこが似ていてパロディになっているのかを確認するよりも、萬斎通円の演技自体がかなり笑えるものでそれだけで充分なくらいw 普段と比べればいささか「やらかし」気味のオーバーアクションなんですが、仕舞『頼政』との比較を楽しむのであればこのくらいハッキリとしてくれた方が良いと思いますw今回はわざわざ直前に『頼政』を演じているのですからね。特に茶筅を扱う仕草はかなりウケてましたwむちゃくちゃシェイクしてたのでwww

本来はそう笑って観るタイプの曲では無いんでしょうが(『頼政』を熟知している観客が「ああ、ここをもじってるのだね」と納得して観るような感じ?)、地謡は万作家新人君達も混ざり、こちらも詞章のパロっぷりを強調したような謡いあげ方をするのでその辺りも面白い。旅の僧がやって来て、地元の人間に土地の逸話を聞き、夜になれば逸話の幽霊が現れるという展開は能そのもので、ぐっとコンパクトにというか省エネにwまとめ上げた能のいち演目のようにも見えるなぁとも思いました。

※講演

仕舞『頼政』、狂言『通円』が終わって休憩後、やっとこさ馬場先生登場。交通機関のトラブルだったそうですが…席に戻ろうとしたらもうお話が始まっていて焦る焦る。以下、講演の概要。

「宇治川の戦い」における源頼政はこの時すでに77歳。この時代には世情不安や天変地異が頻発して、非常に混乱した状態だった。その中で平家に反旗を翻した頼政。大変肝の据わった人間だったと伝えられている。頼政の摂津源氏は源氏の中でも主流では無く、頼政が使える兵力は300が良いところだったと言われている。平家に立ち向かった宇治川ではせいぜい50ぐらい。そこに僧兵などが加わった。相手は若干17歳の総大将、田原忠綱。約300騎を従えていたが、普段から水のある場所で訓練をしていたため、宇治川の橋を落とされても水あしらいが上手く、川を渡って進軍して来た。

頼政としては明らかな劣勢で負けを充分分かっていたが、自分がきっかけとなってこれ以降、源氏が平家に対して蜂起するのを狙っていた。これが頼政の戦いの目的だった。頼政は長男と三男を戦いに連れて行っていたが、次男は参加させず温存した。源氏が平家に勝って実権を握った後の世を考えて、子孫が全滅しないようにしていた。

結果、頼政自身の戦いは負けであったが、後の世の中の変遷を見るに実質的には勝利をおさめたとも言える。自分は77歳で、もう「惜しい」年齢では無い。希望は子孫に託した。実際、頼政の子孫は源頼朝に重用され、鎌倉幕府になってからは重要な職に就いた。

能『鵺』は世阿弥作。前場、黒頭で登場する舟人の正体は頼政に退治された鵺の亡霊。怨霊のようなものなのだが、語られる言葉が実に美しい。古典の和歌から失恋の歌を引用したりしている。これらの言葉を聞いているとおぞましい妖怪変化では無く「失恋した人の霊」ではないかと思えて来るほど。

鵺は、自分が仏法(宗教)と王法(権力)に反逆する為にこの世に現れい出たのだが、頼政の弓矢に一撃で倒されてしまったと身の上を語る。反乱者としてこの国を混乱に陥れられなかった無念さ。敗れた鵺の遺骸はうつほ舟に乗せられて淀川を流された。頼政の放ったたった一本の矢によって、鵺にとっては諦めきれない運命の激変があった。頼政は鵺退治で名を世に知らしめ、自分は惨めに滅びて行く。「仏法の月よ、私を最後まで照らしておいておくれ」という鵺の台詞に、作者の世阿弥はどのような想いを託したのだろうか。

源頼政は歌人としても知られていて、定家や俊成も彼の歌を良く褒めている。勇猛果敢な武士でありながら、優しい一面も持ち合わせている。その上、今で言うところのイケメンであったらしいので、女性との逸話にも事欠かないところもある。基本的に武将ではあるけれど、実は「極力戦わない」主義でもあった。主流では無い摂津源氏は小さな派で、無闇に戦えば部下や兵力をあっという間になくしてしまう。そういう点で、決して好戦的な人間では無かった。しかし何故彼は宇治川で立ち上がったのか。それは彼にとっての「武将としての"時"」がここでやって来たのだということ。子孫達の未来での発展のために「今しかない」と思ったこと。その為には死を辞さない覚悟の、悲しくも勇敢な想いがそこにあったのではないか。

(他にも、歌人としての頼政関連のお話で在原業平等の和歌が幾つか紹介されましたが、さすがにメモに取りきれなかったので割愛しておりますm(__)m)

※能『鵺』

これも何年か前に櫻間右陣師のシテで拝見して以来だと思います。あ、それと今回の間に現代能楽集@SePTで『鵺/NUE』を観てますねwその時は櫻間師の後シテが非常にパワフルで、 言わば「ロックを感じる」能として自分の記憶にしっかとこびり付いておりますがさて今回はどうなるか。

どうも最近、前場で意識が飛ぶ悪い癖(ーー;) 今回もご多分にもれずちょくちょくコックリ。ワキも殿田師で自分的にはかなりオイシイキャスティングなのにああ勿体ない。石田師のアイ語りでやっと「戻って」来られました(爆)。後場ではいよいよ「ジジイテイストの」白頭鵺が登場。白頭に白基調(金の模様入り)の装束は、確かにおどろおどろしいモノノケではなく、なるほど歳を経て脂ッケが落ち浄化された"精霊"のように見えなくもありませんが、顔(面)を見れば解説で紹介されていた例の猿飛出で、これが目をぎょろっとさせている所為か、少し狂言面的テイストを感じてどことなく可笑しみさえ感じました。

頼政に矢一本で討ち取られ、遺骸を舟に乗せられ流された身としてはひたすら残念無念、ましてや討ち取った側はその殊勲を称えられ一躍時の人に。わが身の惨めさと比べるにますます情けなさ・口惜しさ募るところでしょうが、白装束に白頭の姿、前述したようにどこか浄化されたようなスッキリしたものを感じるので、恨みつらみよりも何か、悟りきるまでは行かないまでも怨念ドロドロのステージは乗り越えているかのようにも見えました。どうも例の櫻間師の後シテの印象が記憶の中で妙に膨らんでしまっていたのか、「あれ、鵺の後シテってこんな"静か"だったっけ?」と。

前の記憶の影響の所為か、いささか戸惑いながらの(特に後場)鑑賞になってしまいましたが、「まっ白な鵺の亡霊」はちょっと侘びしげ・悲しげで、ロックよりはマイナーのバラードを夢想BGMにしながら観ていたようです。

終演後はいつもの貫太師による質疑応答コーナーでしたが、毎回どうしても時間の都合で参加出来ません。特に今回は『鵺』についての質問が出たら是非聴いてみたかったのですがどうだったのでしょう。

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若村麻由美の劇世界 第1回 『平家物語』による語り芝居。

2011110917120000 2011年11月9日(水) 15:00~(昼の部) 於:銕仙会能楽研修所

◆『木曽最期』-巴・木曽義仲・今井兼平

  若村麻由美    能管:設楽瞬山 薩摩琵琶:岩佐鶴丈 
  後見:時田光洋

◆『対談 若村麻由美と平家物語を語る』

  若村麻由美×野村萬斎

◆『小宰相身投』-平通盛と小宰相局

  若村麻由美    能管・尺八:設楽瞬山
  後見:時田光洋

※ナレーション:近石真介 衣装:細田ひな子 演出:笠井賢一

初めて表参道・銕仙会能楽研修所に行って参りました。今まで2度ほどココで舞台を観る機会を得ていたのですが、どちらも直前になって急用が入り泣く泣くチケットを売却。今回やっとこさ足を踏み入れることが出来ました。午後2時半に開場予定で全席自由席。開場時間の1時間ほど前に到着すると、玄関前に並んでいる方が4~5人。確かそう広くない見所だと聞いていたので、最後方でも困る事は無いだろうと判断、近くの喫茶店で少し休んでから行ってみたところ、予定より早めに開場されてました。研修所の前は狭い歩道があるだけで、そこに開場待ちのお客が並んでしまうと往来の邪魔になりかねない(実際邪魔になってた?)ので早々にお客を入れた模様。玄関にはTV局などからのお花がずらり。その中に2009年の舞台『六道輪廻』の原作者で本願寺法主の大谷暢順氏のお名前もありました。

玄関で靴を脱ぐのにも面喰らいましたが(基本、商業公演の会場というより"練習場"だから当然かw)、中に入って周囲の壁がコンクリート打ちっぱなしなのにもビックリ。そして"客席"はビッシリ敷き詰められた座布団。ああ、だから毎回自由席なんだ、と今更気づく(苦笑)。ココで陰陽座のライブやった時はこの座布団&畳も取っ払ったんでしょうね。

開演前、担当の方が何度か見所に入って来られて「今日は満席なので詰めてお座り下さい」。最後は全く足を伸ばせないぎゅうぎゅう詰めに。年齢層は高め?お着物の方も多かったような。玄関ではDVD『原典 平家物語』がバラで売られてましたので速攻で「殿上闇討」を購入www待ち合わせた某常連さんと腰をくっつけ合っての観劇となりました。

※『木曽最期(きそさいご)』

(詞章の現代語訳がありましたので貼っておきます→こちら

開演時間になり見所が暗転、能管と薩摩琵琶の奏者が切戸口から。場内には近石さんのナレーションが流れます。『子午線の祀り』と『サザエさん』w を思い出しながらその美声に耳を傾ける。 『木曽最期』の大まかなストーリーをそこそこ時間をかけてナレしていただきました。『平家物語』を良くご存じの方には今更なものだったでしょうか、自分のように知識が無い上に古文ダメダメの人間にはありがたいことこの上ない。もちろん舞台は『平家物語』原文のまま語られます。

能管と薩摩琵琶の音色に乗って、紅の唐衣・白の大袴に烏帽子を着け薙刀を手にした若村さんが揚げ幕から登場。橋掛かりから語りが始まりますが、パンフレットの寄稿文で萬斎師が絶賛するのもなるほどの、明晰な言葉遣いと威圧感溢れる発声にいきなり心を奪われます。前半は敗走する木曽義仲一行を狙い手柄を立てんとする追手達と、愛する義仲を守るため自らも獅子奮迅の戦いを展開する巴御前、そしてその巴を逃がす為にやむなく離別する義仲らの姿を演じ分けます。意図的に声のトーンを下げているのではなく、呼吸の流れで自然に"男っぽく"聞こえる感じ。巴の戦闘シーンではその薙刀の扱いとスムーズな足運びに目を奪われる。慣れない能装束を着けているとは思えないキビキビとした動き。巴が敵の首を斬り落とし手に持つ様はそのスプラッタな"映像"がリアルに浮かび上がって来るよう。義仲に逃げよと諭され、バッタリと薙刀を取り落とし涙ながらに揚げ幕に消えて行く巴の姿の寂しげな背中もまた美しい。

能管と薩摩琵琶の長めの間奏の後、後半では前半の装束の上に肩上げした法被を重ね、烏帽子に鍬形をつけて完全に男のスタイルで再登場。ココからは義仲と今井兼平の最期の闘い。舞扇を刀に見立てての勇壮な舞と、男の戦いの雄々しい語り口の同時進行は観ている方も力が入ります!前半の巴のシーンと同じように、討ち取られた義仲の首が敵の刀の切っ先に刺されて晒されている様など、怖ろしいほどクッキリと見えてくるのが凄い。その時の若村さんの表情がまた凄惨で美しい。兼平が義仲の後を追う為に自らの刀を口に咥え、自ら落馬して自害するところなど、観ていて思わず「うわっ…」と声を出してしまった。不思議なくらいリアルに映像が浮かぶんだよな…。

全体的に真正面からの能がかり、正攻法なイメージの舞台でした。兎にも角にも迫力が半端ではありませんでした。萬斎師の『奈須與市語』を更にアクティブに見せてもらっているような感触。この後のトークでかなりお疲れな顔に見えたのも無理は無い。「憑きものが落ちたような」表情とも見て取れたので、演技中は憑依しちゃってたかなぁとも思えました。そして後見に時田氏現るにはあまりの不意打ちにただただビックリでしたwwwここのところ本業舞台の方はご無沙汰だったもので。

※対談

ま、当初はこの対談が目当てだったわけですけど(^_^;) 『木曽最期』の迫力に当てられたまま突入。切戸口から熱演を終えたばかりの若村さん登場。藍染?の作務衣のような服に着替え、髪を後ろで一本に束ね、お顔は"大仕事"を一つ終えられた達成感とお疲れの色が。「さすがに体力が必要ですね」と額の汗を拭き拭き、対談ゲストの萬斎師を紹介。萬斎師揚げ幕から洋装に足袋で登場wこの対談の後に夜は名古屋で公演という、相変わらずのピッチピチのスケジュール故か、普通に移動用のお召し物かな…グレーっぽいスーツに首に同調色のスカーフだったか(記憶曖昧)。

舞台上に置かれた椅子に座った二人、どうしたって昨年クリスマス直前の『ラヴ・レターズ』を思い出さずにいられないwwwメリッサが和装ですけどw また「『六道輪廻』のユッダ&メイユレー」でもあり「ファウスト博士&"幻の"ヒロイン」でもあり…思えば何かと縁のあるお二人。『ファウストの悲劇』でのあのヒロイン降板劇は当時それなりに驚いたものだったっけ。「洋服で能舞台に立ったのは初めてです!」と萬斎師。若村さんの作務衣のようないでたちは実は居合抜きの稽古着だそうで、居合抜きを習いたくて教えてくれるところを色々探したけれどなかなか都合の良いところが見つからず、取り敢えず稽古着だけ揃えてしまったとw 「前に蕎麦職人になりたいとかも言ってませんでしたっけw?」と突っ込む萬斎師に「だって『木曽』と言えば、ねぇ…」ととぼける若村さんw 既に夫婦漫才の様相に。どっちも基本ボケっぽいけどwww

「最初は『平家物語』というものに興味が湧かなかった。『源氏物語』なら分かるんだけど…」と若村さん。しかし実際に読んでみて、その中に人間ドラマが色濃く残っているのに感銘を受けたと。そして「現代演劇の人間が古典に向き合って何が出来るのか」と考え、多分に実験的要素が濃くなるだろうから「実験と開き直って体当たりして、もしダメでも次に絶対生かせる」と思い取り組んできたそうです。昨年、たまたまふらっと立ち寄った銕仙会研修所で『小宰相身投』を稽古する若村さんを見かけてびっくりしたと萬斎師。「物凄いオーラでした」とにっこり。

実際に何を身につけて演じるかは色々考えた末、能装束にしたとのこと。「能舞台で一番収まるのはやっぱり能装束。いやでもそうさせてしまう能舞台は凄い」と若村さん。「その装束を身につけての足の運ビがもうプロ顔負けでしたよ!」と立ちあがって実演してみせる萬斎師w 着なれない衣裳をつけ、男性を演じるハードルは高いけれど見事にこなしていた。一つの語りの中に複数の役があって早替わりを演じ、同時にナレーターとして地の文も語るという多彩な要素をしっかり全うしていた若村さんを萬斎師絶賛。特に地の文に関しては「どう表現するのか難しかった」と若村さん。役柄と切り離して淡々とやるのではなく、その役柄の想いを乗せたテンションで地の文を語る演出にしてみたとのこと。「地の文が役のテンションで語られるというのは新しい発見でした」と萬斎師。語った後の間や、語るオーラから地の文に内在するパワーが感じられたと。

これだけの語りを演じるにあたって「体力が心配だった」と若村さん。体力のみならず精神力も要求され、実際にやってみて発見がいっぱいあった。前日にプレビュー公演をやった際にアンケートが沢山提出されて、その中にも「『平家物語』の新しい発見があった」と書かれていて、思い切ってやって良かったとのこと。「アンケートは問題提起でもありますからね」と萬斎師。「そうそう、だからご覧頂いて分からなかったら『分からない』と書いて頂いて構わない。そういうご意見もとても大事」と若村さん。「でも、出来れば書かれる言葉はそれなりに選んで頂けるとありがたいですね。トゲトゲした言葉で書かれるとコチラの気持ちもトゲトゲしてしまうので…」と言う萬斎師に見所大笑いw今までもそんなアンケが結構あったんだろな…。

「萬斎さんは古典だけでなく現代劇も沢山手掛けられていらっしゃいますよね」と振る若村さんに「能の世界からギリシャ悲劇や、『子午線の祀り』や『わが魂は輝く水なり』といったものにアプローチしていきましたね。今回の若村さんとは逆のアプローチですね」と萬斎師。古典の世界観は俯瞰的な目線があって、その目線から一人の人間がその人生を"生き切る"様を見せようとしている。今回舞台を観て、若村さんがこの舞台で目指したところはそういう古典の視点と変わらないと思ったとのこと。古典における人間同士のあり方は現代に通ずる部分もあるけれど「『木曽最期』では"乳兄弟"という関係を演技の中で伝えられるかどうかが凄く難しかった」と若村さん。言わば「一心同体」とも言える関係なのだけど、その中に巴という女性が入り込んで来ても「ああ、女は違うんだな」というズレが見えていれば良いのだが、と。

ここで萬斎師が詞章の一節を取り上げて「急に話変わりますけどw 今回の舞台を観てここの意味はそういうことだったのか!と納得出来たところがあったんですよね」。そこの文章の記憶が無いんですが(泣)「(ココまで起こった事は)本当の事だったのだろうか、もしかしたら夢の中の事だったんじゃないのか、という意味合いで観られた。これもまた大きな発見でした」と萬斎師。『木曽最期』と『小宰相身投』の詞章を検索して追ってみたのですがどうも思い出せない…面目ございません。
(11月14日気付:何の事は無い…『木曽最期』の最後の一文でした(^_^;) 「さてこそ粟津のいくさはなかりけり」)

「今回烏帽子を初めて被ってみたのですが、あんなに痛いとは思わなかった。後見の時田さんにいろいろアドバイスして貰ったのですが、最終的には『身体を装束に合わせれば良いんです』と言われてしまった(見所大笑)。実際に装束を着けてみてから発見したことも多かった」と語る若村さん。他にも色々興味深い話があったのですがメモ取りが限界オーバーだったのでこのくらいで勘弁して頂ければ…。

※『小宰相身投(こざいしょうみなげ)』

(これも詞章の現代語訳がありました→こちら) 

15分ほどの休憩の後、舞台と見所が完全に暗転し暗闇の中で能管・尺八奏者と若村さんが登場。後見が舞台中央に座る若村さんの装束を微調整。近石さんのナレーションが暗転の最中だったか、若村さんにスポットが当てられてからだったかちょっと記憶が飛んでますが、『木曽最期』と同じように大まかなストーリーが語られます。

先ほどのアクティブな演出とはうってかわって、暗めのピンスポットのまま淡々と語りが進んで行きます。髪を垂らし後ろで束ね、白長袴(でしたよね?)と小袖に衣を羽織った女御姿の若村さん、本来のフェミニンな魅力がこちらでは全開。原文語りの上にあまり具体的な動きが無いので、正直言葉の意味を汲み取れないところだらけだったのですが、不思議と眠くもならずw 古文の音色とリズムのシャワーをゆっくりと浴びる心地良さで聴き入ってしまうのは、やはり若村さんの語りの妙のお陰だと思います。演技の様式としては能のような堅固なモノではなく現代劇に沿っているのですが、そこに原文の語感やリズムを乗せても違和感は無く自然に入って来る。

夫の戦死を知り身籠ったまま入水を決意する小宰相局と、それを必死に押しとどめようとする乳母。普通なら夫の死後は出家するか、身籠っているならその夫の忘れ形見を無事産み落として共に後世を生きて行く決意をするものではないのか。しかし、そのどちらも選ばずお腹の子と共に海に沈む小宰相局を「全く理解出来ない」とは思えないのは、その決断が悲しい美しさを持っているからなのかなと。海から引き上げられた時にはかすかに残っていた息が、取りすがる乳母の目前で失われていくくだりはたまらなかった。『木曽最期』と同じように、そのシーンがリアルに浮かび上がってきます。残された乳母の慟哭もまた胸が痛い。

実のところ、研修所の場所が場所なので、時折車のタイヤ音が響いたり、午後5時になったらチャイムが聞こえてしまったり(「夕焼け小焼け」だったかw)、静謐な舞台の妨げがちょこちょこあったのですけれど、若村さんの吸引力(『木曽最期』が"発散"なら『小宰相身投』はこれですね)のお陰で聞えてはいても気にはなりませんでした。エンディングでゆっくりと橋掛かりに向かう若村さんの細い背中は、亡夫の元に旅立つ小宰相局のそれでした。誰も居なくなった舞台上にぽつねんと置かれた衣(写真参照)がまるで局の墓標のようにも見え、終演後もピンスポットが当てられたまま置かれていて、それが鎮魂の意味を持つようにも思えました。

対談目当てで取ったチケットでしたが、大変良いモノを見せて頂き大満足でした。帰宅後Twitterで「『子午線の祀り』再々演するなら萬斎知盛に若村影身もアリだよね」というような呟きに大いに頷く自分w是非是非ご一考いただければ幸いですm(__)m

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カイジかな(笑)。

TOP絵の更新、旧TOPはギャラリーへ。

新宿狂言で内心大はしゃぎしてしまった『博奕十王』浄玻璃の鏡映像よりw麻雀の役は、実際の映像では筒子の清一色か九連宝燈だったと思うんですが、隣のサイコロの目と混ざりそうだし(苦笑)、やはり若旦那ですから"萬"でいこうとw萬子で並べてみました。

映画『カイジ2』の紹介を流していた番組見ながら描いてたんですが…もしこの博奕打ちがイカサマ使わず負け続けで借金まみれのままオダブツになっていたら…他の罪人たちと一緒に「ようこそ、クズの諸君」と閻魔様に呼びかけられたのかなぁなどと妄想してましたw

しかしあの一連のド派手なホール公演演出…何とか広く配信してくれんものだろうか。

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