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新連載。

Twitterで拾った情報なのですが、フォロワーさんが確認をして下さったのでお知らせ。

来週、10月7日より朝日新聞夕刊にて「野村萬斎 きょう、げん、き!!」という連載コラムが始まるそうです。今日まで作家の赤川次郎さんが勤めてこられた紙面から萬斎師がバトンタッチする模様。毎日になるのか週ごとになるのか、掲載スケジュールについては分からないのですが(なにせ朝日を購読してないもので(^_^; )何はともあれ、来週の金曜日から要チェック!

(10月1日気付:いつもブログにお邪魔させていただいているかのこさんより情報いただきました!赤川さんからバトンタッチなら毎週金曜日の掲載となるそうです。それなら長く続けてもらえそうな気が…来週が待ち遠しい…)

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やめる勇気。

自分が小中学生の頃、台風が来るとしばしば一日休校になりました。大体前日の午後には予報を見て先生方で決定して、各クラスに「明日休校のお知らせ」が配布されたんですよね。普段は学校からのお知らせなんかランドセルやカバンの底にぐちゃぐちゃな蛇腹折りになってる子供達も、こういうお知らせは折り目一つ付けずピッカピカのまま、帰宅すると速攻で胸を張って親に渡したものです。もし翌日の朝がカラッと晴天でも、決定は決定ですから休校。「勉強が遅れた分はどうするんだ」とか「食べられなかった給食費一日分即刻払い戻せ」みたいなモンペも、少なくとも自分が知る限りでは一人もいない時代でしたし、そのまた翌日に登校したら先生が「お前らラッキーだったな~w」とニヤリとして終わりでした。

そして月日は流れて、自分自身が人の親になった時、この辺りの事情がかつて自分が子供だった頃とはがらっと変わっていて大変戸惑いました。息子や娘の学校からも、台風に関するお知らせは今までにも何回か頂きましたが、何が戸惑ったって…「各ご家庭の判断で登校させて下さい」という文面。「これどういう意味?」と子供に訊いても「来ても来なくても良いんだって~」という何だか良く分からない返事。まぁ今となっては勘繰り過ぎでしたが、その時は「これはもしかして親として試されてる?」と思ってしまいました。あらゆる手段を使ってでも登校させなきゃならんのかと。もちろううそういう意味では無くて、子供達の言う通り「無理して来なくても良い」ってことなんですけどね…でもその「無理して来なくても」ってのがクセモノなんですよ。

結局は、児童・生徒を受け入れる側の学校の責任をこっそり押し付けてるようにしか思えない。確かに昔と比べたら何かと面倒くさい世の中です。休校にしたらしたで(地域にも寄るとは思うけど)あれやこれや父兄からクレームが飛んで来るんでしょう。昔みたいに家には必ず誰かがいるという環境も稀になっていて、休まれても子供一人を家に置いておけないから、というのも分からないでは無い。しかし、一番に考えて欲しいのは子供達の安全じゃないかと思うんです。台風直撃の可能性が非常に高ければ、思い切って早めに休校を決定して、その後各家庭でいろいろ策を練る時間が持てるようにするのが一番誠実ではないかと。そこは学校(教育委員会)が"強権"ふるって良いと思うんですよ。子供の安全を第一に考えるなら。

何故こんなことを思い出したかと言うと…21日の横浜トリエンナーレ『神秘域(かみひそみいき)』の台風騒動がきっかけで(^_^;) ワタクシもご多分にもれず「途中で討死に」組でした(T_T) 乗っている電車が止まってかなり早めに諦めたにも関わらず、完全にマヒした首都圏の鉄道網の中で完全に帰宅難民になり果てておりました。これに関しては正直、JRの現場の対応にも文句がありますが自分の判断の間違いも否めませんので、これ以上はウダウダ考えることはやめますが、この台風直撃の中で公演を強行させた横トリの措置についてはやはり「?」マークが頭の中から離れません。

それは、台風15号が非常に高い確率で(ほぼ100%だったか?)首都圏を直撃するとかなり前から分かっていたにも拘らず、KAATの公式ページでは「当日は予定通り公演を行います。遅刻されると所定の席に案内出来ません」という、味もそっけもないコメントしか載っていなかったこと。台風の「た」の字も無いんですよ。これはもう台風の件を裏に含みながら「来れる人だけ来て下さい。後は自己責任で」と突き放しているとしか思えない。遅刻云々に関しては多分、台風とは関係なく公演の性質上そうせざるを得ないということなんでしょうが、ここでそれを出したらますます突き放している風にしか見えないんですが。

当日は結局、座席は半分も埋まらず、クレームも多かったのか後手後手で来られなかった人のチケの払い戻しを決定し…終わってみれば(何とか観られた方々はともかく)何とも言えぬ後味の悪さが残っただけでした。どう考えても、こういう非常事態のマニュアルが徹底して無かったのではないかと思わざるを得ない。ココは日本なのだから、秋になれば台風が頻繁にやってくるのが当たり前で、それを大前提に置いて起こりうる事態に備えるのが当然。いや、もしかしたら「何があっても公演は決行する」という決まりだったのかも知れません。だったら「諸事情により、当日は公演の中止や延期は出来ませんのでご了承下さい。交通機関の混乱等、充分に気をつけて無理をしないで下さい」みたいな一言があれば随分コチラの気持ちも違ったように思うのです。

前述の"学校からのお知らせプリント"と同じように、ここまでそっけなく扱われたらそれはつまり「(公演に対する)愛があるなら何が何でも来られるはずですよね?諦めるのは自己責任ですからね?」と言われているようなものなんです。物凄くひねくれた感じ方だとは重々承知ですが、そこは「気遣い」の問題だと思うんですよ。台風が直撃したら行けなくなるくらい、誰でも承知のことです。だからこそ、主催側には少しでもきめ細かい説明をお願いしたかった。

もっと言ってしまえば、プレミア感が非常に高い、一回こっきりの大舞台だったのですから、順延という選択肢をメインにして欲しかったです。台風襲来の季節に組んだスケジュールなのだから、それ以外の季節よりも遥かに"危険度"が高いのは言うまでも無い。それを前提にして順延先の日程も組んでおいて欲しかった。そうすれば無理をせずにその日は中止に出来るし、あのような交通機関の大混乱の中をお客が彷徨うような事態にはならずに済んだと思うのです。それに伴って「中止」と「決行」の目安も明示していただければ、足を運ぶ側ももっと判断がしやすいし動きやすいのではないかと。

「たとえお客が1人でも舞台はやります」という"演じる側"のお気持ちは大変尊いと思いますが、チケがほぼ完売していた舞台です。会場を埋め尽くす大群衆の中、杉本氏の尖鋭的なコンセプトの中で万作師と萬斎師が『三番叟』を舞うという、言わば非日常的なマツリ空間を期待されていたと思います。客の数こそが一番重要だとは言いませんが、客もまた"演劇を構成する要素"だと思うのです。

チケ争奪戦に勝利して、胸を躍らせながらこのスペシャルな一日を心待ちにしていた方達ばかりでしょう。順延してかえって観に来られなくなる方も出るとは思いますが、このようなどう考えても無理な状況で決行して、結果ガラガラの客席になってしまったことは、決して舞台のプラスになったとは思えないのです。この日を待ちに待っていた気持ちを舞台にぶつける、そういう感覚を共有したかったはずなのですよ来られなかった人達も。

今回の公演の"大人の事情"については良く分かりませんし、出演者が大変多忙で他にスケジュールを組み難いというのはとっくに承知の事なんですけれども、たった一回こっきりの大イヴェントだからこそ、もっと大事に扱って欲しかった。綿密に事態を推測して、状況によっては公演を取りやめる勇気を持って欲しかった(勇気という言葉が適切かどうか不安ですが)。横浜に辿りつけなかった者がひがんでイチャモンをつけていると思われても結構ですが、言いたいことは言っておこうと。

無理を承知で繰り返しますが、再演を切にお願い致します。

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狂言ござる乃座45th。

2011092320290000 2011年9月22日(木)19:00~ 於:国立能楽堂

◆『薩摩守(さつまのかみ)』謡入

 船頭:野村萬斎  僧:野村遼太  茶屋:石田幸雄
 後見:中村修一

◆『魚説法(うおぜっぽう)』

 新発意:野村裕基  施主:野村万作
 後見:深田博治

◆小舞『通円(つうえん)』

 野村万作
 地謡:高野和憲・中村修一・加藤聡・内藤連・村井一之

◆『小傘(こがらかさ)』

 僧:野村萬斎  田舎者:深田博治  新発意:高野和憲
 立衆:月崎晴夫・野村遼太・中村修一・村井一之・内藤連
 尼:石田幸雄
 後見:岡聡史

(注:パンフレットと曲の順番が変わっていますが、上演前にその旨アナウンスがありました。『魚説法』と小舞『通円』の間に休憩が入りました。上記は変更後の番組表です)

※『薩摩守』

確か自分にとっては2度目になると思いますこの曲。先に言っておくと…2度目にして早々に鬼門の曲に断定です(- -;) お恥ずかしい話なのですが、ホント笑えない。いや、どこで笑えるのか(笑うべきか?)は分かるんですが、そこまでの流れがどうもまどろっこしく感じて、ノレないうちに笑うタイミングを逸してしまうような…最後のオチがそれこそ「すとん」と落ちないんです(;_;)

今回も印象に残っているのは、序盤の遼太僧と石田茶屋のやり取りがあの豊臣秀吉と石田三成の"三献茶"エピソードのパロっぽいなぁと思ったところとか(←かなりこじつけだとは自覚w)、萬斎船頭と遼太僧の船上の様子がまるで近い将来演じられるであろう『舟渡聟』の前哨戦みたいに見えたとか、で本筋とは全く関係の無いところばかりに気が行ってしまい残念無念。強いて言えば曲全体のリズムが合わないのかも知れない…と言っても別段他の曲と大きく異なったところも無いし。単に自分の方の笑いのセンスに難があるのかも(-_-メ)

「謡入」の小書も入って見どころ(聴きどころ)も増え、出番は短いながらも相変わらず盤石な芝居運びの石田師、やや固さは残るもののモノを知らない僧のオトボケを熱演の遼太君、そして謡の小書でますます水を得た魚の萬斎船頭と、いったい何が引っ掛かるのか自分でも不思議でしょうがない…もしもう一度この曲に出会えたら頭の中を一度完全にリセットするしか無いかも。舞台の出来とは関係なく芳しくない感想で面目ありません…。

※『魚説法』

パンフにユウ君がシテを演じるのは3年ぶり2度目との記述がありましたが、その3年前も観ているかも知れません。先日は『舟ふな』、今回は『魚説法』と、殊の外言葉を大事に演じられる曲を立て続けに演じるユウ君。いつものキンキンと通るボーイソプラノも、語り口がまた落ち着いてきた所為でしょうか、以前よりまろく響いて来るように感じました。相変わらずの「ふてぇ奴」っぷりが最近当たり前になってきてw少しずつですがコチラも彼を見てくれよりもずっと"大人"と認識してきているように思われます。まだ11歳なんですけどね(^_^;)

そろそろ変声期の足音がひたひたとやって来る頃かなとは思いますが、あの一時期の辛い期間を乗り越えた時、ユウ君がどんな風に変化しているのか、そんなことも考えながら拝見していました。その頃には万作じーちゃんの相対し方もまた大きく変わっているでしょうし。そろそろ「子供時代」の集大成に入っているのかも知れません。とにかくずば抜けた子方であるのは間違いありませんが、他と比べてではなく、自分の中で一つ大きな区切りのハードルを乗り越える時期になっているのかも。あの健気な子猿は今いずこwww

そうなったらもう一度この『魚説法』を観てみたいなと思いました。観ているコチラの知識の貧困さが一番問題でしょうが(/_;) 魚に関する駄洒落は分かり難いモノも含めてかなり詰まっていて、それらが皆駄洒落っぽく聞こえるように語るのは大人でも至難の業かも知れません。年齢を考えたら今のままでも充分過ぎる語り口ですけど、また一つ段階を越えた時に、もっと言葉が立ち上がって聞こえて来るようになるのではないかと楽しみです。

しかしこれ…相手が「規格外の」ユウ君だから遠慮なく期待しちゃうところがあるんですよね(^_^;)

※小舞『通円』

プログラム通りでしたらこの『通円』がトップでしたが、休憩の後に配置されました。22日は特に『魚説法』の施主役もありますので、万作師のお身体を気遣ったかもですね。出演が『通円』だけになる24日はどうだったのでしょうか。

おおもとの狂言『通円』とは異なり、直面での舞と謡。休憩を挟んでの万作師は気合い充分。能『頼政』の詞章のパロディーになっているので、その『頼政』を熟知しているとより面白みが増すとのことですが、それ以前に「300人相手に茶を点て力尽きて落命した」という設定だけでも充分に面白い。まさにあの『あしたのジョー』ラストシーンの如く、団扇と柄杓を手に持ったまま真っ白な灰になって絶命している情景を妄想するとかなり笑えますwwwダイナミックなナンセンスとでも言いましょうか。

"国の宝"万作師の舞と謡は今更言うまでも無く眼福(耳福)だったのですが、そのところどころに笑ってしまう所作が散りばめられています。シャカシャカと茶筅を振る仕草や、団扇で火を煽る仕草とか、急に写実的になって万作師の表情も心なしか「必死!」な風にw思わず何度か「ぷっ」と吹いてしまった(^_^;) 様式的なところとのギャップが凄いんですよね。そしてバックを支える地謡がこれまた素晴らしい。万作家の地謡には定評がありますが、今回は新人さん方が混じっているにも関わらず、パワーと整合性はいつもの万作家そのまんま。ガッツリ鍛えられているのが良く分かります(*^ー゚)b

ナンセンスな話を極力美しく大真面目にやる可笑しさというのは自分の好物の一つでして、その点でこの『通円』は大変美味しゅうございましたm(_ _)m 『あしたのジョー』云々というのはもしかしたら萬斎師がどっかのトークか何かで語ってたような…違うかな?

※『小傘』

さすが萬斎師自身が「好きな曲」と言うだけあって、胡散臭いまいす坊主は彼の独壇場(^o^)/結構何度も観ている曲なんですが、今回が一番祝祭性に富んでいたかなぁ。終盤の踊り念仏場面ではそれこそ、能楽堂では御法度の手拍子が巻き起こってもおかしくないほど、空気が盛り上がってましたね~。Twitterにて「萬斎師はハーメルンの笛吹きみたいだった」というご意見ありましたがまさにその通り。見所も輪の中に加わりたくなるぐらいでしたからね。

踊り念仏の輪の中で一人、ちょっと頬がほころんだまま回っていた立衆がいたような気が(敢えて人物は特定しませんがw)…演者が素で笑うのはまずいんですけど、あの楽しさの中にいたら自然に微笑みが浮かんでしまっても無理がないような(^_^;) そして石田師演じる尼はもう反則ですよ\(^o^)/なんであんなにちっちゃくなっちゃうんだろ???関節を一つ二つ外してるんじゃないかと思うほどの体形変化www高野師や月崎師よりも小柄に見えちゃうのが凄い。そして限りなく可愛いばーちゃんwww媼の面が生きてますよね。一挙手一投足に「可愛いー!可愛いー!」と叫びたくなりましたね。

個人的な事ですが、このござる乃座の前日に非常に大変な目に遭いまして(心当たりのある方は多いと思います)、まだその疲れが身体に残っていて、実を申せば時折意識が飛びかけてたのですが(^_^;) ふっと意識が戻ると妙にスッキリしてるんですよね。演者の皆さんの声とか謡とか、場の空気とかが全て癒しの効果を持っていたように思います。前日は本当に散々でしたけど、この夜は掛け値なく楽しかったです。

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『ベッジ・パードン』オンエア決定。

共演の大泉洋さんのラジオ番組などでも紹介されていたようですが、いよいよ『ベッジ・パードン』がWOWOWにてオンエア決定です!

http://www.wowow.co.jp/pg_info/release/001741/index.php

2011年11月3日(木・祝)15:00~

…さて、WOWOWの契約は随分前に切ってしまっているので…再開せねばなぁ(ーー;)

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野村万作 萬斎 狂言の現在2011@関内。

2011091823430000 2011年9月15日(木)14:00~ 於:関内ホール 大ホール

◆レクチャートーク 野村萬斎

◆『狐塚(きつねづか)』

 太郎冠者:石田幸雄 主:月崎晴夫 次郎冠者:高野和憲
 後見:岡聡史

◆『月見座頭(つきみざとう)』

 座頭:野村万作 上京の者:野村萬斎
 後見:高野和憲

◆『吹取(ふきとり)』

 男:深田博治 何某:野村萬斎 女:岡聡史
 後見:月崎晴夫

※レクチャートーク

関内名物(?)萬斎師のレクチャー。以下、トークの内容をザックリと箇条書き的に。例によって聞き落とし、聞き間違い、解釈の間違い等多々見受けられると思いますので、補足や訂正をいただければ幸いです。

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ここ関内ホールの公演は今まで春に催されていたが秋に移動。なので今回は秋らしい曲を3つ選んだ。曲についてはこの豪華パンフレットをご覧になって頂ければ(笑)。語句解説が付いているからと言って上演中にパンフばかり見て下向いて無いように(←定番の注意w)。

『狐塚』。実りの秋、田圃が稲穂の黄金色に染まる頃が舞台。最近は案山子をすっかり見なくなった。田舎に行くと時折、アーティスティックな案山子を目にすることはあるが(笑)。狂言では"鳴子(なるこ)"というモノをガラガラ鳴らして田畑を荒らしに来る鳥や獣を追い払う。ここに不審な(笑)柱が立っているが(と、舞台上手のワキ柱があるところに立てられた黒っぽい棒を示す)能楽堂ならここに柱が立っている。ココに鳴子を括りつけて振り回す。

太郎冠者が主に命じられて、田圃の番をしに狐塚に行くことになる。太郎冠者はそこに出没するという狐が怖くて仕方が無い。今でこそ、真夜中でも灯りがこうこうと点いているけれども、当時は日が暮れれば辺り一面真っ暗だった。

5年くらい前、長崎の天草で薪能をやった時、舞台が終わって照明が落とされたら完全に真っ暗になってビックリした。あの感覚に近いのかなと思う。動物はそこそこ顔を出すようで、自分の住んでいるところでは今でもハクビシンがあらわれる。横浜辺りではタヌキが出ると聞いたことがあるが?

狂言は基本的に照明やSEを使わず、演者の一人芝居で時間の経過や景色の変化を表現するが、今回はホール公演なので少し演出を入れてある。演者の表現と一緒に"日が暮れて行く"描写を楽しんで欲しい。また太郎冠者と、真っ暗な中で彼をを迎えに来た主と次郎冠者との珍妙なやりとりも見どころの一つなのでお楽しみに。

『月見座頭』。"月見"と言ったらうどんを思い出すが(←お好きなんでしょうかw?)。この曲ではハンディキャップを持った人が登場する。時代的な感覚だが、現代で言うところの放送禁止用語「めくら」と呼ばれる。とは言っても狂言の中ではそういう差別的な扱いに沈むことなく、日々を逞しく生きているイメージがある。盲人は芸能者になることが多く、その中で位が付いていた。「検校(けんぎょう)→別当(べっとう)→勾当(こうとう)→座頭」で座頭が一番下。

座頭が「月見をする」というのが実に狂言らしい発想。月が昇ると虫が鳴く。その声を聴くことによって座頭は月が出ている"景色"を見ずして感じることが出来たのだろう。もちろん、虫の声をSEで入れたりはしないので、お客さんは演者の言動から想像力を働かせて虫の声を"聴き取って"欲しい。

座頭以外で登場するのは上京の男。京の都は洛中に住まいする者で、洛外からやって来た座頭に対して、少なからず差別意識を持っているのではないかと思う。解釈は色々だが、自分の家ではそのような演出を施している。

出会った二人は意気投合して酒盛りを始める。その後、予想外の出来事が起こるが、座頭は最初に登場した時と同じように杖をついて静かに帰って行く。その静かさに余韻が残る。このドラマを悲劇ととるかどうかは人それぞれだろう。中盤では人間の或る不条理な現象を見せる。そのあたりも色々考えながら注目していただければ。

『吹取』。これも月を見る場面があるが、単純に言うと"婚活"の物語(笑)。狂言にはこの婚活話が結構多く、大体はお寺や神社に「嫁が欲しい」と願掛けに行き、そこで籠るうちにお告げを貰って女性と出会う、というもの。

ここでは男が清水の観世音で「五条の橋の上で笛を吹いて女を待ちなさい」というお告げを受ける。五条の橋の上で待つ、と言ったらどう考えても牛若丸と弁慶じゃないかとも思うが(笑)。男は笛が吹けないので別の人に頼むことになる。

その笛を頼まれた男を自分が演じるわけだが、笛は私自身が吹きます(笑)。黒澤明監督の『乱』で吹いたし、大学でも能管を習ったので(←東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻卒)。吹けない人は竹を笛に見立ててポーズだけ取って、バックで本職に音を出してもらうようになっている。

(オマケw吹けてる証拠…『乱』リハ風景)

(最初見た時はアテレコかと思ってましたが、黒澤監督のカットと同時に音がピタッと止まるので"生音"でございます)

お告げの通りにあらわれたのはどのような女性か?それは「その人の身の丈に合った」人があらわれると思っていただければ大体想像が付くかと(笑)。狂言とはそういうもの(笑)。

ホール公演用に少し加えた演出とともに、今日は秋の風情を楽しんでいただきたい。

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※『狐塚』

石田太郎冠者・月崎主・高野次郎冠者という、面子見ただけでその盤石な舞台を想像出来る布陣。少しずつ暮れて行く秋の田圃、鳴子を振る石田師の一人芝居はもうそれだけで鮮やかに秋の夕暮れの情景が浮かび上がって来ます。

だからこそ、折角の演出ではあるのだけれど、やはりスクリーンや照明はちょっと余計なのかなぁと感じてしまいました。しかし普及公演の一環であると考えれば、何の不自然も無いささやかな演出であるとも思う。目が肥えたとは言えないまでも、それなりに観劇の場数を踏んで"素手のお芝居"に想像力を働かすことに慣れて来ている向きには、余計に感じてしまうのは致し方ないところか。自分が狂言を見始めた頃から目にしている、あの雲のような霞のような抽象模様のスクリーンも、そろそろ引退の潮時かなぁとも思うし(失礼)。少し前に全く同じ番組で大阪・大槻能楽堂でも演じられているんですね。そちらも観てみたかったなぁと。

なので、折角施してくれた演出なれど、ちと視界から意図的に外しておいて(爆)舞台上のお三方の一挙手一投足に集中させていただきました。前述した通り、石田師の隙の無い巧さと、そこにしっかりと沿う月崎師&高野師の手堅さ。ちょい地味さも感じますが(おい)「日本むかし話」のような牧歌的な空気はこの面子ならではのものでしょう。田圃に囲まれて育った者にはよーく分かるんですがw舞台から実った稲穂の香りが漂って来るようでした。

しつこいようですがこれ、能楽堂だったらもっと鮮やかに感じられたでしょうね。石田師の巧さをもってしても、ホールでの拡散しがちな空気はなかなか手強い。盤石の布陣で舞台自体は非常に面白かっただけに、演出の是非(繰り返しておきますが、普及公演としてある程度必要な事は認めた上で)について考えさせられるものでもありました。とりあえず、スクリーンはぼちぼち世代交代しましょうよw

※『月見座頭』

この曲とホールと言ったらSePTしか思いつかないんですよね。今回の公演のチラシもSePT版『月見座頭』のもの。さすがにSePTは違う。張り出し舞台に可動自由な橋掛かり、空気を凝縮しやすい客席配置等、さすが芸術監督ドノ肝いりの構造であるわけで、まぁ普通のホールと比べること自体無理なんですけどね。

休憩中、携帯電波遮断システムが効いていないので自分の席で前半の感想ツイートしている間に(一応おことわりしておきますが上演中はちゃんと電源OFFにしておりました)、ふと舞台を見上げると奥の方にちょぼちょぼとススキが置かれてる(苦笑)。うーんこれ…分からんでも無いけど無くても良いかな(爆)。意図的に少なく置いたとも考えられるけど、侘び寂びの範囲までイケてないし。かと言ってびっしりススキを置いたら置いたでどうかな~ともなりそうで。まるで豊臣秀吉と千利休の美的感覚対立みたいですが(そこまで大袈裟じゃないw)。

レクチャーで「静かな曲なので座頭が杖をつく音が響き渡る」みたいな話もあったように記憶してますが、今更ながら能楽堂の橋掛かりの長さって意味が大きいんだな~と。幕から本舞台までの時間に座頭がどれだけ場内の空気を凝縮出来るか、オープニングはそれにかかってるんですよね。そこはここ関内でもさすが万作師、短い移動距離の中で空気を作っていくのですが、やはりギュッと集中させるところまでは持って行けない。物理的な問題なので仕方ないですがちょっと残念。

それでも、萬斎上京の男との酒盛りシーンは圧巻でした。特に「景清」を上京の男が謡い座頭が舞う場面では、座頭の身体が想像の中の月光に溶け込んで行くような、静謐な透明感が感じられました。枯れているというよりは、浄化されたイメージというのが近いでしょうか。空気が凝縮され難いホール公演でこれほどの場面を創り上げてしまう"国の宝"。そこに倅さんの謡が絡んでくると、もうそれは極上の空間に。萬斎師の謡も掛け値なく絶品でした(今まで聴いた「景清」で一番良かったかも)。場所の悪条件をモノともしない"父子競演"に酔いながら、いささか不謹慎ではありますけど「このコンビネーションはあとどれだけ観ていられるのだろう…」と思わずにはいられなかった。

後半の上京の男の行動の不可解さは、瞬間的にオーラをがらっと変えた萬斎師によってかなり増幅されて見えました。何度観てもなかなか飲み込み難い場面ではあるのですが、ただただ人間の奥底の不気味さに神経を障られる。豹変した男に振り回されいたぶられた座頭がその災難の理不尽をぼやきつつ、また日常に戻る姿の少し哀しい美しさをずっと静かに見送りたかったのですが、こういう時は拍手が無い方が良かったかなぁ…このあたりもホール公演の難しさでしょうかね。

※『吹取』

兎にも角にも萬斎師がナマで笛を吹くということで今回のチケを取った様なもので(笑)。笛と言えば例の超絶技巧の駄洒落おぢさん(もちろんあのお方w)のかっとびプレイがいの一番に脳裏に浮びますが、そこまではもちろん無理としても、能楽師は通り一遍全てを習うということならばそこそこイケちゃうのかな~などと失礼な想像をしつつ拝見(笑)。

さて聴いてみた印象はと言うと(以下、笛の専門用語等全く分かりませんのであしからず)、いわゆるオカズ的な装飾音がちょっと心もとないのだけれど、高音が綺麗に伸びる笛でした。時折客席からちょこっと笑い声が上がっていたのだけれど、それは萬斎師の演奏がおかしいからなのか、それとも萬斎師が笛を吹いているシチュエーションそのものがおかしいのか、いささか困惑しましたが(苦笑)。しかし最初にこの萬斎師の"自前の演奏"を観てしまったので、他の演者で観る機会がこれからあったとして、笛を吹けない方が口パクならぬ"笛パク(?)"をやっていたら物凄く違和感感じそうです。背後に本職さんがいらっしゃるとそっちばかりに気が取られそうな気もします。

何某の笛の力を借りてようやく、五条の橋で念願の花嫁候補に出会えた男ですが、その肝心の花嫁候補は男ではなく何某の方にすり寄ってしまいます。これはさすがに無理も無い(笑)。なにせ実際に笛を吹いたのは何某なのだから。「自分は妻帯者だから」と女を避けつつもまんざらでもない様子の何某が可笑しい。やがて女が頭からすっぽり被った衣を剥ぎ取ると中から出て来たのはこれまた定番の乙。しかしこの岡くん乙がやたらとでっかい!!高野師みたいなホラー感は無いのですが、単純に背の高さで充分に異形っぽい。これはこれで結構怖いかも(笑)。女性らしさはまだ発展途上かな?

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そして9執念。

「9執念」…昨年の偶々の変換ミスが気に入ってしまったので今年も使いますw

本日9月11日、母屋『DIVINE COMEDY』は開設から9年目を迎えました。

米国同時多発テロのちょうど一年後から始まったサイトです。

今年の開設記念日は、そこに「東日本大震災からちょうど半年」が加わりました。

何かと重なる「11日」、今年はまた違った気分で迎えることとなりました。

しかし毎年変わらないのは、このチンタラチンタラとしか更新出来ない母屋に、

足を運んで下さる閲覧者の皆様への感謝です。

今からこんな話もナンですが、来年はいよいよ10年目に入ります。

よくもまぁここまで続いているものだと、自分で自分に感心しているところもありますw

本来なら今頃は映画『のぼうの城』公開直前で、

「9執念」なぞどこかにすっ飛ばして騒いでいたところなのでしょうが、

それはまぁ来年の「10執念」と映画が上手い具合に重なったと、

良い方向に解釈しておきたいと思いますw

これからも萬斎師のますますの活躍と、彼らしいサプライズを期待し、

当サイトを訪れて下さる方々への感謝と、

この「11日」という記号をいただきつつサイトを続けられる幸福を噛みしめて、

また一年、マイペースでも続けて行きたいと思っております。

何卒宜しくお願い致します。

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転機 話しましょう。

産経ニュースサイトにこんなインタビューが載っているのをTwitterで拾いましたのでご紹介。

【転機 話しましょう】(36) 狂言師の野村萬斎さん "つなごう"の思いが力生む

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110910/bdy11091007000002-n1.htm

SePT芸術監督としての責務にかける思い中心に語られておられますが…"4人めの子供w"がオママゴトをしている光景を想像して笑いが止まりません( ´艸`)

そしてついでと言ってはなんですが、コチラもTwitterのフォロワーさんブログで紹介されていた若旦那インタビュー。財団法人・浜松市文化振興財団の情報誌「HCF News」創刊号に掲載されております。WEB閲覧が出来ますので↓よりどうぞ。

http://www.hcf.or.jp/flipbook/01/

"シャンパンと毛ガニ"って…www(←そこに反応するなそこにw)

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第55回 野村狂言座。

2011年9月1日(木)18:45~ 於:宝生能楽堂

◆『不見不聞(みずきかず)』

  太郎冠者:石田幸雄  菊市:野村萬斎  主:岡聡史

◆『因幡堂(いなばどう)』

  夫:野村万作  妻:高野和憲

◆『舟ふな(ふねふな)』

  太郎冠者:野村裕基  主:野村万作

◆舞囃子『盤渉楽(ばんしきがく)』

  大鼓:高野彰  小鼓:森貴史  太鼓:桜井均  笛:栗林祐輔

◆『馬口労(ばくろう)』

  博労:野村萬斎  閻魔大王:深田博治

  地謡:石田幸雄・高野和憲・中村修一・村井一之・内藤連
  大鼓:高野彰  小鼓:森貴史  太鼓:桜井均  笛:栗林祐輔

※『不見不聞』

いわゆるハンディキャップトの方々を題材にしたもので、『三人片輪』などと同様、現代の倫理観ではなかなか笑いとして許容されにくいが故に、上演頻度がかなり低い演目の一つ。他にも『月見座頭』などもその類ですが、『月見座頭』ではシテの座頭よりもワキの上京の男の行動の不気味な不条理さに焦点が置かれ、『三人片輪』では健常者がお金の為にハンディキャップトを装って失敗しする滑稽さが見どころ。しかしこの『不見不聞』ではなんと本物のハンディキャップト同士が相手のまさに「障害」そのものをつついて笑いモノにするという、かなりエグい展開になっております( ̄○ ̄;)

初っ端から「つ●ぼ」だの「め●ら」だの、放送コードに真正面から引っ掛かる語句が連発され、流石に平成の世を生きている現代人としては「聞いてはイケナイ言葉を聞いちゃってるなー」という、それなりの戸惑いみたいなものが胸に湧いて来るのはある程度仕方ないかな、と。それにしても、太郎冠者が難聴なのはともかく、そのサポートに盲人を連れて来るという主の発想が面白い。『三人片輪』の有徳人がハンディキャップトに理解を示し、敢えてそういう人達を選んで雇っているのと同じようなポリシーでもあるのかなとも思いますし、「難聴は耳が聞こえ難い分目が良い」のと「盲人は目が見えない分聴覚が優れている」のを上手く組み合わせて留守番にあたらせたのかなとも考えられます。そして珍しいことにこの座頭には「菊市」という名前が付いている。普段から何かと懇意にしてる人とかw?

飄々とした佇まいの石田太郎冠者に、ひと癖もふた癖もありそうな萬斎座頭(実にデフォルトなキャラ設定w)。ちょっと離れて座ると全く声が聞こえない太郎冠者が「は?今なんつった?」みたいなリアクションをするたびに手さぐりしながらえっちらおっちらにじり寄る座頭。この繰り返しが結構しつこいw座頭がうんざりしてくるのが良く分かるwそれに業を煮やしたか、意地悪を先に仕掛けるのは座頭。「泥棒らしき物音がした」と太郎冠者に触って出す合図が全部嘘。やがて笑われているのに気づいて腹を立てた太郎冠者が「余興に」と舞い謡いながら、耳をそばだてている座頭の肩を足で小突く。ぶっちゃけ、子供の意地の突き合いみたいなwww「踏まれた」と分かった座頭が太郎冠者を捕まえようと腕を振り回すも空振り、最後はお決まりの「座頭ぶん投げられ」で幕となります(←しかしこれが"お決まり"ってとこが狂言の凄さw)。まぁ最初に仕掛けたのが座頭だから自業自得と言えば…w

ブラックな意地悪の応酬ではありますが、まぁ基本的にからっと演じているので素直に笑えてしまいます。放送禁止コード的な場面が主体ですが、それを表現する洗練された型が沢山盛り込まれていて、身体性の面白さが際立つ曲だなぁと。こういう、現代ではなかなか上演しにくい曲ほどかえって面白かったりするのが痛し痒し。

※『因幡堂』

"国の宝"万作師がシテですが、「おっかない女房殿」を演じたら多分右に出る者が居ないだろう高野師の独壇場でもありましたw最初に登場した万作夫が離縁した妻の悪口を散々こぼしますが、この時点でまだ登場しない高野妻を思い浮かべると「さもありなん」と思えてしまうから凄いw語りだけで夫のカワイソウ度急上昇。「今度はもっと可愛い嫁さんが欲しい」と因幡堂で願掛けをして休んでいると、そこに件の妻登場。夫が眠っているところに「夢のお告げ」を装って「西門にいる女に会いなさい」と囁きかけます。ま、妻としては結局は別れたくなかったわけで、怖さの裏側にそんなしおらしさもちゃんと纏ってるのが高野妻のたまらんところ(*^.^*)

夫がお告げ通りに西門に行くとはたして、お約束の衣を頭からすっぽり被った女性が待っています。『花子』や『釣針』その他でもおなじみの「中身は怖い(元)女房か醜女」という記号。観てる側はもう先が見えてるんですがw素敵なニュー嫁さんをGET出来たと大はしゃぎの万作夫がもう可愛いの何のって(≧∇≦) "国の宝"にこんな修飾語くっつけたら怒られそうだけど(^-^; ホント「ルンルン♪キャッキャ♪」って表情なんですよwwwとても傘寿を迎えたお方とは思えない。眼福眼福☆

これまたお約束の「衣を取って顔を見せてくれ」にイヤイヤする"新妻"にますますデレデレの夫、ならばそのままで夫婦の契の杯を交わすことにします。ここで先に杯を飲み干した新妻がまさかの「おかわり!」www衣の中から杯を持った手をにゅっと差し出して「ほれほれ、早う注がんかいっ!!」とばかりに上下に振るもんだから見所大笑い。観てる側は中身が前妻だと分かってますから「このアクションでうわばみ前妻だと気づけよ旦那www」とか思ってしまうんですけど、そこんとこは「ルンルン♪キャッキャ♪」で骨抜き状態の夫ですから無理無理。やたらおかわりする新妻を見て「また酒飲みに当たっちゃったのかなぁ」とか呑気なこと言ってます( ´艸`)プププ

その後は言わずもがな、衣を剥ぎ取った中からおっかねぇ前妻が出て来て、驚愕のあまり盛大にフリーズする夫。やっぱフリーズのタイミングが倅さんと全く同じだなぁと笑いながら確認。謝りながら逃げる夫を妻が追いこんで終幕。よくよく考えたらちゃんと離縁してるんだから別に謝らんでもええのにとちょっと思ったwww嫁取り話と怖い女房の合体技という、お得に笑える一曲でありました(*^ー゚)b

※『舟ふな』

何年か前に野村遼太君のシテで拝見したと思います。その時は遼太君、何歳ぐらいだったかなぁ。暫く狂言から離れていて、カムバックしてすぐくらいだったでしょうか。今回のシテはユウ君で万作じーちゃんとの共演。今回の狂言座の目玉でございます☆「舟」を"ふね"と読むのか"ふな"と読むのかで万作主と裕基太郎冠者が古歌を引き合いに論争するわけですが、また背が伸びてじーちゃんとの差がますます縮まったユウ君、パパ譲りの小賢しさwにも磨きがかかっての堂々たる「理屈っぽい太郎冠者」。見栄えがまた変わってましたねぇ本当に怖ろしい子w!!!

サンプル古歌の応酬は主がどんどん窮地に追い込まれていく様が面白く、ネタが尽きた主が誤魔化そうとして前に使った古歌を早口で「もにゃもにゃもにゃむにゃむにゃむにゃ!」とハナモゲラするのには爆笑。万作師、ユウ君の成長に伴って相対し方の雰囲気が変わってきたように思えました。もちろんまだまだ「孫を見守る」感じは強いですけど、ところどころ真っ向勝負的視線が見えたような気がします。そのくらい古歌の応酬がキッチリ決まってたのでしょうね。後半、ちょっとお声がお辛そうになった万作師ですが、お孫さんとの丁丁発止のやり取りを心底楽しまれていたかも知れません(*^.^*)

しかしまぁ…ユウ君の「♪ふ~な~び~と~も~こ~が~ぁれ♪」には耳がピーンと立ってしまいましたwww見所の大半が「万蔵じーちゃんと武司君の稽古風景」の映像を思い浮かべたのではなかろうかと。ボーイソプラノの声質と謡のトーンが寸分たがわず同じ。これはもう、単にユウ君と萬斎パパのDNAの成せるわざというだけでなく、それだけ正確に精密に芸が伝承されていることの証かと思います。この年ごろにはこのような芸を、というルールがめんめんと、それも口伝で引き継がれている。パパの子供の頃の映像を見て真似る、なんてことは絶対に無いでしょうからw徹底した稽古の成果が映像によって証明されたようなものでしょう。これには感動(ρ_;)

太郎冠者に完全に負けてる主なんですが、最後は「まぁ今日のところは負けといてやろう」みたいに偉そうにしちゃうところがまた可笑しいわけです( ´艸`) 前述したように、少しずつ少しずつ対等な感じに近づいてきたユウ君と万作じーちゃんの関係性が良い形で曲に反映していた舞台だったのではないでしょうか。それを考えると本当に、万作師にはいつまでもお元気でいて頂かねばとつくづく…それこそ"西の太陽神"こと茂山千作翁の如く。ユウ君に「ウチのじいさんは背中のネジを巻いて動いてます(←京都のお家の持ちネタですねw)」と言われるぐらいまでは(*゚ー゚*)

※『馬口労』

Twitterにて「シテが馬役をひっぱたく」とかいう何やら穏やかでない先行情報wが飛び交っていた初見の曲が今回のトリ。当初『馬口労』という表記を見て何と読むのかさっぱり見当が付かず、パンフの「ばくろう」のルビを見て「あ~あ~博労のことだよね!」と納得。

人間達が賢くなって、念仏を唱えては死後は皆どんどん極楽に流れて行ってしまうので、地獄は慢性的なジリ貧状態。この窮状を見かねた深田閻魔大王自ら六道の辻に立って亡者スカウトに励むというのは以前拝見した『八尾』などと同じパターン。わざわざ自分で出向かずに獄卒とかに行かせりゃ良いじゃんとも思うんですけどwどうやら慢性的な人手不足でもあるようで( ´艸`) "あの閻魔様"が一人ポツネンと亡者を待ってる姿が何だか哀愁感…。

そこにやって来たのが白装束に身を包んだ萬斎亡者。生前の職業は博労ですが(当時の博労の社会的地位がどんなもんか良くは存じませんが)堂々と本舞台に向かって来ます。ところどころ能っぽい演出がされている所為もあってか、能のシテ的オーラばんばんふりまいて出て来ちゃってますね萬斎師…こういうのめっちゃ似合うから…怖いはずの閻魔様の方が大人しく見えてるかも(^-^;

そして亡者博労、閻魔様にナンパちゃうキャッチされて(同じかw)責め立てられながら地獄へ連行されて行くわけですがその道すがら、閻魔様はガチャガチャと金属音を鳴らす博労の持ち物が気になって仕方が無い。訊けば"轡(くつわ)"という馬に乗る為の道具とのこと。そこでやめときゃ良いのに閻魔様、博労に馬の乗り方を教えろと頼んでしまいます。なんかもう、萬斎博労だとここで「飛んで火に入る夏の虫」感倍増( ̄Д ̄;; 「乗り方を覚える前にまず馬そのものになってみる必要がある」なんてもう詐欺師の常套句みたいな(爆)。

さぁここからは、まるで地下にある会員制の変なクラブ(爆)みたいなまさかの光景が展開されます(@Д@; "閻魔馬"の乗り手はもちろん博労。乗馬の型は『止動方角』などと同じですが、あんなのどかなもんじゃなくてw博労は手綱に見立てた白い紐をぎゅーぎゅー締め上げて閻魔馬の頭を振り回し、暴れる閻魔馬のお尻を蹴りあげ(実際は当たって無いかも知れないけどそう見えるほど乱暴な足遣いw)、手にした竹の鞭で見所に「ピシィィィィィ!」と音が鳴り響くほど閻魔馬のボディを強打。ファーストヒットで竹の鞭は上部3分の1程が折れてすっ飛ぶアクシデント付き! 武悪面の下に深田師の血の涙が見えそうなハードプレイ(プレイ言うな)を能がかりの謡&囃子に乗って悦に入って演じる萬斎博労~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

これ、打ち合わせ(申し合わせ)通りなんでしょうか?2日続けてご覧になった某フォロワーさんのお話では、次の日はもっと整然としていて馬と乗り手の息が合って見えたということなので、この回はあまり連携が上手くいって無かったのかもですね。しかしそれがかえって"いたぶりシーン"をより強烈に見せていたのも事実。まぁ狂言としてより上質なのは2日目であることは間違いないとは思いますけどね(^-^;  散々になぶられながら閻魔馬は博労の命に従って地獄ではなく極楽方面の道を無理矢理進まされ、極楽でやっと解放されほうほうの体で逃げて行きます。してやったりの博労、竹の鞭を後見の方に向かって後ろ向きでぶん投げ(囃子方や地謡の顔に当たったらどないすんねん思った…)やりたい放題してスッキリした表情で極楽に来られた嬉しさを舞い謡うのですが…

舞が極上にキレッキレ。

思わずポカーンとなるくらい(@Д@;…まぁこれ、萬斎師かなり「やらかしてる」かも知れません。必要以上のオーラ大放出はシナリオのバランスを崩してマズいのだけれど、観てる方はお腹いっぱいに眼福という…困るやら嬉しいやら。2日目の整然としていた方も比較して観てみたかったですね。後になって「これで良かったんだろうか?」と疑問が湧いて来ましたが、その場ではひたすら大笑いではありました。

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9月よりCM増量。

コチラのブログへのコメントよりHONDAの萬斎師CMが増えていたことが判明!

「残クレ×ライフ特別仕様車」篇 http://www.honda.co.jp/movie/201109/hondacars03/

「残クレ×STEP WGN SPADA」篇 http://www.honda.co.jp/movie/201109/hondacars01/

「残クレ×フィット特別仕様車」篇 http://www.honda.co.jp/movie/201109/hondacars02/

「ステップワゴン」篇 http://www.honda.co.jp/movie/201109/stepwgn/

かつて我が家は初代STEP WGNユーザーだったのでちょっと懐かしい(*゚ー゚*)

今朝の日テレ『ZIP!』内でステップワゴン篇に遭遇しました。さすがに捕獲には至りませんでしたが…これからあと4パターン狙わなきゃならんのだね(^-^;

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