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MANSAI◎解体新書 その拾四 「ひとがた(人形)」~自己と他者のディスタンス~。

2009年2月24日(火)19:00~ 於:世田谷パブリックシアター

企画・出演:野村萬斎(世田谷パブリックシアター芸術監督)

出演:桐竹勘十郎(人形浄瑠璃文楽座・人形遣い)

    福岡伸一(青山学院大学理工学部科学・生命科学科教授)

スペシャルゲスト(!):豊竹咲甫太夫・鶴澤清介

舞台上には椅子が3脚、向かって左後方に文楽の人形が3体立てられています。時間になり芸術監督ドノがいつものように舞台奥の階段から登場。今回は"解体ルック"ではなく紫の紋付に袴姿。後ほど、このいでたちの意味が分かることに。

いつものイントロダクション"解体新書とは何か"の後、本日のゲスト入場。桐竹勘十郎さんは黒子の衣装、福岡先生はスーツ姿。

(毎度のことですが、以下はお三方が語られた通りの言葉ではありません。微妙にズレや受け取り側の勘違いが含まれる可能性大なので、今回もそのあたりご了承の上でお読みいただければ幸いです)

以下、芸術監督ドノは「萬」、桐竹さんは「桐」、福岡先生は「福」で表示致します。

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萬:「人形」と書いて「にんぎょう」とも「ひとがた」とも読むがその違いは?

桐:「ひとがた」というと紙っぽい。昔、陰陽師が使ったあれを思い浮かべる(笑)。人間の身代わりとして、厄を乗り移らせるもの。「にんぎょう」は丸い頭と手足。中身が詰まっている。

福:陰陽師の前に(と言いながら芸術監督を見る・笑)生物学者が居るというのは(笑)。(「人形」を通して)生物が「生きている」というのはどういうことか?どこを見て「生きている」と思うのか?を考えていきたい。

萬:「ひとがた」や「にんぎょう」は生きていないモノ。

福:(個別に存在するのではなく)互いに"関わらない"と「生きてこない」。人間も同じ。人間は細胞レベルまで細かくバラしていくと「モノ」になる。細胞については、2003年の時点でヒトゲノムの解析が全て終わってしまっている。「モノ」としての細胞は研究し尽くされてしまった。これには大変失望(笑)。自分は子供の頃にも一度失望を味わっている。昆虫大好き少年だったが、遂に新種の昆虫を見つけることが出来なかった(笑)。これ以上新しい遺伝や細胞の発見は無いと思われるが、ならばその「モノ」としての細胞一つ一つではなく、それら同士がどのように繋がって"成り立って"いるのか、その関係性が今現在の研究対象。

萬:その「モノ」にどうやって命を吹き込んでいくのか。祖母が亡くなった時、その姿を見て「あ、"モノ"になってしまった」と痛感した。"モノ"に命を吹き込むという発想はいつ頃からあったのか?その最たるものが人形だと思うが、人形で人間の"代償行為"をするというのはいつ頃から?

桐:原初は指人形のような小さいもの。1000年ぐらい前から人形を扱うことを芸能とするようになった。傀儡(くぐつ)師という。首から箱のような(ミニチュア)舞台を下げて人形劇をやっていたらしい。

萬:演劇の世界・能狂言では面(おもて)…仮面をつける。仮面をつけることによって"他者的存在"になる。能の『鉄輪(かなわ)』では丑の時参りをする際に顔を赤く塗って「ヒトではなくなる」姿がある。ギリシャ悲劇に至っては紀元前から仮面の存在がある。対して人形は自分の代償のような存在?人形劇は(人形を使って)より人間らしさを追及しているように見える。それこそ能に代表される仮面劇の方が、人間性を消して人形に近付いているような?

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(舞台後方に立てかけられている、衣装を着ていない骨組だけの文楽人形を示して)

桐:これで、実際に人形をどのように動かしているか実演します。この(何も着ていない)人形はガイコツと呼んでいる(笑)。

(ガイコツは頭(カシラ)と胴体、手足が胴体と糸で繋がっている。更に人形遣いが2名登場、桐竹さんと共にガイコツを動かす)

桐:主(おも)遣いは頭と右手、足遣いは両足、左遣いは左手を担当する。こういう動作は1700年代に大阪で考案された。(←「17●●年」とはっきりとした数字を仰ってましたが残念ながら聴き取れず。上演された場所の名前もあがっていたような)

福:一つ一つの身体のパーツが糸で繋がっている。バラバラだと(動きが)成り立たない。

桐:パーツが繋がっていないと、一緒に動かしている仲間に伝わらない。

萬:(人間でいうところの)神経のようなもの。

福:人間は60兆個の細胞で出来ているが、その細胞一つ一つは"自分一人では"何も決められない。"他者"がいなければ自分の行動を限定出来ない。"自分"の事は"他者"が決めている。これは(人形のパーツが)糸で繋がっているのと同じ。

桐:ある一方向に「行く」力が有れば、その反対側に「引く」力が有る。3人で人形を動かしているということは互いに"行き過ぎ"を牽制し合うこと。3人で全部の神経になっている。

福:互いにコントロールしながら(動きを)統合している。これが「動的平衡」。生物をパーツの部分部分として見てしまうとこの関係が見えてこない。

萬:(両手を広げて2003年『ハムレット』ポスターのようなポーズを取り)止まっているのではなく、前から引っ張られる力と後ろから引っ張られる力が均衡している状態。

(続いて、やや年かさの女風の人形を使って実演。渋いストライプの着物)

桐:女の場合、足のパーツは使わない。着物の中に入れた手の指使いだけで、あたかも足があるような動きに見せる。これだと女性の柔らかさが出る。

萬:(歩く姿が)しゃなりしゃなりという感じ(笑)。(←芸術監督ドノ、立って実演・笑)

桐:丸みを帯びた動き。"角(かど)"をつけない。

萬:(人形の頭の動きを見て)頭を動かさないで歩くとどうなるか?(自ら実演)…なんだかイッちゃってる人のような感じ(笑)。しかしこの動きは能のそれと似ている。

桐:お尻を動かさないようにするのがポイント。そうすると動きが安定する。

(続いて、おかめのような風貌の若娘の人形を使って実演。風貌はアレですが(笑)真っ赤な着物が娘らしく実に可愛い!)

桐:これは「釣女(つりおんな)」。醜女ちゃんです(笑)。(芸術監督ドノの「狂言からですよね?」の問いに)そうです、狂言の『釣針』からのもの。これは女ですが足が付いている。

萬:(乙の面を手にしながら)こちらが狂言で使う醜女ちゃん(笑)。おでことほっぺが極端に前に出ている。(面を着け、乙の動きを実演)

桐:(人形と)動きがとても似ていますね(笑)。

(文楽『釣女』より、太郎冠者を追いかける釣女の場面を実演)

萬:これだけの複雑な動きを、3人でどうやって伝えているのか?

桐:(3人で実演しながら)足遣いは主使いの脇腹に自分の身体を当てて、主遣いの動きを直接感じることによって自分の動きを決めている。左遣いは、頭と右手の角度、頭の目線で動きを感じ取る。物凄く神経を使います(苦笑)。

萬:(人形の顔を見ながら)口元から何か出てますが…。

桐:「口針(くちばり)」といって、何かを口に咥える仕草をする時に、この針に袖などを引っ掛けるようになっている(実演)。

萬:…人形とChu♪すると流血ですね(笑)。

萬:(椅子に座り両手を頭の上に上げ、両足を床から浮かせてグルグル回す。ちと可愛い・笑)今の釣女の動きはこういう風に見えるんですが(笑)。頭と、手足の先端だけが見えているが、そこ以外は衣装に隠れていて見えない。そこは想像するのか?

萬:(武悪面を着け、例のインディアン酋長のような赤い鬘と厚板で「鬼」を実演)こうやって装束に身を包んで、身体の線という情報を隠している。痩せている自分でも大きな身体の鬼に見える(笑)。基本的に情報を減らすことによって、お客さんに想像させる効果。

桐:敢えて人形の衣装を取ってしまって、ガイコツだけでどれくらいやれるか試してみたい。

福:人形+3人だが、実は「4人いる」のと同じ。人形も人形遣いも一つに繋がっている。細胞同士が繋がりあって「生物が生きている」と言えるのと同じ。「動的平衡」は生命が生命たる姿であると言える。

福:受精卵が1つが2つ、2つが4つ…というように分裂していって、ちょうど100ぐらいに分かれたところで、細胞同士が繋がっていた部分を切り離し、一つ一つを別々にシャーレに入れて培養すると、みな死に絶えてしまう。細胞同士の繋がりを絶たれているので、個々の細胞が自分の役割"を分かっていない。たとえば"ES細胞"は、それこそサッカーの中田選手のように(笑)"永遠の自分探し"をしている。これはガン細胞もそうで、自分探しをしているガン細胞に「お前はこれこれこうしなさい」と指示を与えれば、それはもうガン細胞ではなくなる。"他"と繋がっていることで自分が"何をすべきか"が分かって来る。「他者が自己を決める」ということ。

(このES細胞やガン細胞云々の話題がいまいちよく分からず、この方面畑にいらっしゃる当サイトの常連さんに助け船を求めたところ、ありがたいことに説明していただけました。こちらで編集して補足として載せておきたいと思います。「こんなの知ってて当たり前」という方は華麗にスルーでお願い致します・苦笑…転載事後承諾で申し訳ございません)

【がん細胞は未分化であり、どの臓器の何の細胞にもなりえてない。例えば、扁平上皮とか移行上皮といった細胞が尿には出てくるが、その形や種類によって尿路の中のどこにあるかが大体見れば分かる。しかし、がん細胞というのは異型細胞。扁平上皮であってもどこかの形が崩れている。通常は核が異常に大きいとかいくつもあるとか。いわゆる奇形といった方が良いかも知れない。

分化した細胞は役割を心得ていて、余計な増殖をしたりむちゃくちゃな動きはしない。しかし、がん細胞はその逆。体の中を動き回り、いわば自分の落ち着き先を探しているようにも、確かに思える面はある。だからがん細胞を矯正することが出来れば、つまり本来の分化した細胞にすることが出来れば、そういう人間の命に関わるような動きはしなくなる。細胞本来の命に戻るということなのではないかと思う。

がん細胞の自分探しというのも、やはりそういうことなのでは。未分化ということ、何にでもなれる細胞ということで似ているようなのが万能細胞といわれるES細胞だが、こちらはコントロール下に置かれ、計画的に実験室の中で目的の細胞になっていくというようなものといえると思う。

未分化でなんにでもなれる細胞の代表は通常で言えば生殖細胞。ただしこちらはやはり遺伝子に組み込まれたプログラムどおり、細胞分裂の過程て目的の細胞に分化して行って一個の人間の個体を作り上げる。

未分化のまま無限増殖を続けるのががん細胞(実験用のウイルスを生やしたりするのに使われる培養細胞は実はがん細胞があったりする。無限増殖の機能を生かして何度も継代されている。本体の人間は多分何年も何十年かも知れませんが前になくなっているはずなのだが)、コントロール下で人間にプログラムを与えられて目的のものに分化していくのがES細胞。

がん細胞の中で一番たちが悪いのがずばり未分化がんといわれるもの。未分化であり未成熟。だから非常に脆弱でまともな細胞にはなれないのに増殖力だけは強い。扁平上皮がんとか腺がんとか、もともとも分化した細胞がプログラムバグによってまともな細胞として完成出来なくなったものの方が、少しは扱いやすい部分もあると思われる。】

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桐:人形遣いは足使いが基本。とにかく腰を落とす。3人がただ立って人形を動かしているだけでは何も感じない。その役の"性根(←「しょうね」としか聞こえなかったので・苦笑)"を掴んでいるか。3人が1/3ずつの仕事をしているのでもない。3人で100より120のものを創ろうとしている。

福:足が無くても「足が使える」。中島敦の『名人伝』と同じ(笑)。"不射の射"に弓という物質の意味は無い。(足が無くても足が使える、とは)物質ではなく"効果"としての足がある、ということ。3人と人形は、一つのシステムとして成立している。

萬:演じる人間は客観的に役を見ているが?文楽にもそのような"離見の見"はあるのか?

桐:客観的に見られないと人形は動かせない。醒めた目で見ている。黒子は舞台上からだんだん「見えなくなる」ように。

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いよいよ『義経千本桜』実演へ。ここでサプライズ・ゲスト!浄瑠璃・豊竹咲甫太夫さんと三味線・鶴澤清介さん登場に会場がざわっと。『にほんごであそぼ』レギュラーメンバーが舞台上に3名(笑)。

《義経千本桜 渡海屋・大物浦の段》

【船で九州を目指す義経一行は摂津国大物浦の船宿に滞在していた。宿の主人・銀平は義経の追っ手を追い払うが、それは義経達を信用させて油断させる為だった。義経一行が再び出航すると、銀平は実は壇ノ浦の合戦で死んだはずの平知盛であることを明かす。知盛は亡霊の様に見える白衣装を身に纏って義経一行を追っていく。宿の娘お安は安徳帝、女房おりうは乳母の典侍局。二人とも本当の姿を現わして、知盛と義経の戦いを見守る。】

(演目の説明は咲甫太夫さん。その間、桐竹さんは舞台袖で準備をしています。最初「知盛の幽霊」と仰っていたので、普通に能と同じように知盛の亡霊が出て来るのかと思って聞いていたら「幽霊に化けている・見せかけている」ということだった。同じく海に沈んだはずの安徳帝も、商人の子供に身をやつして生きながらえている。確か大河ドラマ『義経』でも、安徳帝に身代わりを立てて、真の安徳帝は壇ノ浦後、建礼門院徳子と共に仏門に入っていたという設定があったはず。知盛は生きてはいませんでしたが。そんな事を思い出しながら…)

(セットも何も無い裸舞台の上で、人形遣いと共に縦横無尽に舞う"知盛"。客電が落とされ、ピンスポットで知盛の白装束が光り輝くように浮かび上がります。文楽を(正式な形では無いにせよ)生で観たのはこれが初めて。TVの舞台中継では何度か見かけていますが、普通の文楽舞台では人形遣いの下半身が見えないので(そうではないものもあるかも知れませんが何せそれほど見ていないので…)、全身が見えるこのSePT舞台では、また別の種類のパフォーマンスに見えないこともない。ありきたりな表現ですが、本当に「人形が生きているよう」。意志を持った一個の生命体として舞い戦っている。咲甫太夫さんの謡の中に一部、どこかで聞いたようなフレーズが。確か能『船弁慶』の後場だったか?)

萬:(スポットライトの効果だけではなく)人形が舞台に浮かびあがって見えた。形としては確かに人形だけども、命をふきこまれているのを強く感じた。

桐:(まだ少し息が上がった状態で)スポットライトの下で動かすのは難しい!黒子の衣装なので周囲がかなり見づらい(苦笑)。

(ここで、人形を使わず人形遣いの動きだけで同じ《大物浦の段》を演じる実験。エア・ギターならぬエア人形・笑。知盛の長刀のみ使い、主遣いの頭を持つ手には白手袋を着けて"頭のつもり"とします。人形遣いの指先が見えているポイントが、ちょうど"見えない人形"の手足の先に見える感じ。これが意外とちゃんと本物の人形に見える。黒子の身体が透けて見えている空間に"見えない人形"の身体を想像で補って見ている自分。)

萬:3人というより、一つの生命体のような動きだった。

福:見ていて、花粉症のことを思い出した(笑)。本来、花粉症は花粉と身体の"要らない"バトル。身体を形成している細胞が"外からの刺激(=花粉)"によって「自分の役割(=花粉を排除する)」を確立していることで起こる症状。この花粉症の事例から、自分は「自己」と「他者」とは何かと考えてしまう。ここでは「免疫」と「外界から来るモノ」。文楽ならば人形(=自分)は他者(=人形遣い)によって動きを定められる。「自分」とは何か。「相手」とは何なのか。

福:免疫細胞は、一人の人間が生まれ落ちた時点で100万あると言われているが、それら一つ一つは"自分と出会った"時に死滅してしまう。"他者と出会った"細胞は生き残る。それは"他者と繋がっている"ということ。

萬:(人形無しの実験について)自分で(存在しない人形の動きを)シミュレーションしながら行っているように見える。テンションが無い(人形自体のの重みやパーツを繋げる糸)ところで演じるのは感覚的に大変そう。

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(「アンケートでご要望がありましたので、ここで一旦休憩を入れます」と芸術監督ドノ。解体新書14回の歴史の中で休憩が入ったのは初めてです・笑。約15分ほど)

(休憩後、第2部では解体新書恒例の、ゲストと芸術監督ドノのコラボ・パフォーマンス。今回は『景清』の有名な"錣(しころ)引き"から。ここで"共演"する男の人形が運ばれてきますが、まるで子供を抱っこするように肩と膝の下に腕を入れて抱きかかえられて来る姿、思わず客席から「可愛い!」と笑い声が飛ぶ。この人形が、紫の紋付に袴姿(頭は丁髷)。芸術監督が何故今回、いつもの解体ルックではなかったのかは、この人形と"お揃い"にするためでした・笑)

(まずは人形振りだけの『景清』。人形は景清と三保谷四郎の二役。続いて芸術監督ドノとの"お揃い衣装"コラボ。前半は芸術監督ソロで小舞『景清』。後半は芸術監督ドノが景清、人形が三保谷四郎になって共演します。人形の持っている小さな舞扇を兜の錣に見立てて、それを芸術監督景清が後ろから引っ張るアクションが印象的。かなり大昔に、NHKの若者向け音楽番組でこのような人間と人形のコラボを見たことがあるような無いような…その時はセット有りで『曽根崎心中』だったような記憶はあるんですが)

萬:(コラボを舞い終えて)実はお昼に一回打ち合わせをしただけ。上手くいってたでしょうか?この為だけに紫の紋付を揃えました(笑)。

桐:非常に難しかった(苦笑)。萬斎さんの役が女形の方がやりやすかったかも知れない。

(「このコラボについて何か御感想があったらどうぞ」と芸術監督ドノから客席に向かって呼びかけ。ややあって男性の方が挙手)

感想:人形だけだとパロディっぽく見えた。カリカチュア的とも言っても良いだろうか。人間が入ると急に生々しくなる感じがあった。人間と人形と、"虚構"の意味が違うのだろうか?違和感のようなものも感じました。

萬:人間と人形の抽象度の違いから来る違和感だろうか?

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福:(コラボを見て)とにかく「萬斎さんかっこいいな」と(笑)。自分がココであれこれ学術的説明をするより、このパフォーマンスを見ていただければ、この中に生物学が学ぶべき全てがあるように感じた。これぞ「動的平衡」。絶え間なく動いているのにバランスが取れている。個々の要素が見えない糸で引っ張り合っている。個々を分けても分けても、繋がりを考えない限り世界は分からない。

萬:文楽で新作を入れていこうということは?

桐:新作をやっても、古典というものが非常に良く出来上がっているのでそれを超えるものは出来ないんじゃないかとは思う。それでも、今でしか出来ない事には挑戦して行きたい。8月にシェイクスピアの『テンペスト』をやる予定。

萬:文楽でしか出来ないシェイクスピアを見てみたい。文楽という虚構の中だと、『テンペスト』などのバックグラウンドにある"魔法の世界"がリアルに見えるのではないか。

桐:文楽には喜劇的なものがあまり無い。井上ひさしさんの戯曲などもやってみたいと思っている。

萬:喜劇をするなら是非古典狂言からどうぞ(笑)。

桐:『ゲゲゲの鬼太郎』とかも興味あるけど怖いのはちょっと(笑)…。

萬:SePTでやりませんか?

桐:嬉しいですが2年先まで一杯なんでしょ(笑)?

萬:何でご存じなんですか(苦笑)。でもそこは何とかスケジュールこじ開けてどうにかしますから…あ、あまりこういうこと言うと事務局から怒られる(笑)。

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(ここで満場の拍手に送られてゲストのお二人退場)

萬:(これ以降の解体新書シリーズの予定などインフォメーションの後)昨今不景気ですがこういう状況で一番先に割りを食うのは我々です(苦笑)。何かとストレスの多い世の中ですが、心のバランスを保つために是非演劇をご覧になっていただければと思います。

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父さん、ホルマリン風呂が沸いたよ。

当サイト常連さんのお知り合いにパティシエさんがいらっしゃいまして、その常連さんに紹介していただいて、目と舌を同時に楽しませてくれる絶品チョコを讃岐の国から送っていただきましたpresent写真に収めてアルバムを作りましたので、よろしかったらこのブログのサイド・バーにある「パティスリー・モンシェール」をクリックしてみて下さい(カレンダーの下になります)camera愉快な造型がてんこ盛りですsmile

パティスリー・モンシェール様、ありがとうございました!うはうはうまうま~restaurant既に目ン玉2個は胃袋の中に…こりゃ更にジムで頑張らないとcoldsweats02

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全労済ホール/スペース・ゼロ20周年記念 新宿狂言 Vol.15 "災難・苦難もナンノソノ…"。

200902131826000 2009年2月13日(金) 19:00~ 於:全労済ホール/スペース・ゼロ

◆『福の神』 祝言之式

 福の神:野村萬斎

 地謡:石田幸雄・深田博治・高野和憲・月崎晴夫

 後見:岡聡史

◆解説 石田幸雄

◆『呂蓮』

 旅僧:野村万之介 宿の主人:深田博治 妻:高野和憲

 後見:岡聡史

◆『木六駄』

 太郎冠者:野村萬斎 主:高野和憲 茶屋:石田幸雄 伯父:野村万之介

 後見:月崎晴夫

※『福の神』

狂言『福の神』より、参詣人の前に現れた福の神の"ありがたいお言葉"のシーンより。『にほんごであそぼ』でお馴染みの"七三分け髭天使"の原形(笑)。舞台上、地謡の後ろには金屏風が置かれ、寿ぎの空気が漂いますが、この日はなんとなく、若旦那福の神のめでたさが控え目だったような…めでたい演目というよりオープニング・セレモニーの意味合いを強く感じたからかも知れません。他の日は「めでたかった」とのことなので…気のせいかな???

※解説

いやはや失敗…メモを取るのをすっかり失念してました(泣)。気がついた時には解説も3分の1を過ぎたあたりで…慌ててパンフに直接走り書きしたものは断片的で文章に変えにくい…ということで記憶に残っていることをかいつまんで並べてみる(苦笑)。

パンフレットでは解説の後に演じられる予定だった『福の神』、急遽解説の前に演じることになる。福の神の語りの主旨は「いかにすれば楽しく生きていけるか」。早起きをすること、他人を喜んで迎え入れること、夫婦仲を良くすることetc。今回のスペース・ゼロは左右両脇に橋掛かり、下手側に花道を設置。普段の能楽堂とは違う構造なので、新たな刺激を受ける。これに照明や音響の効果が加わって、2倍3倍の楽しみが。時折アンケートで「こういうのより能楽堂で観る方が好きだ」というご意見があるが、ならば能楽堂へ行って下さい(←ちょい皮肉っぽく・笑)。ホール公演はホール公演なりの楽しみ方がある。『木六駄』は「(演者の力量で)牛が●●頭見える」というような評価が良く出て来るが(「6頭見えた」「いや8頭見えた」など)、この場ではそれはどうでもいいことで(爆)、舞台そのもの(演出効果なども含めて)を楽しんでいただきたい。などなど。

…うーん、結局は"ちょっと過激に聞こえる一言二言"の記憶ばっかだったな(泣笑)。

※『呂蓮』

旅の僧が一夜の宿を借りた家の主人が、その僧の話を聞くうちに、自分も出家をしたいと言い出します。僧は奥さんとよく相談をしなさいと諭しますが、主人が以前より妻と相談して承知されていると言うので、髪を剃ってやることにします。頭を丸め、僧から衣も分けてもらって、すっかり僧形になった主人。今度は法名を付けて欲しいと頼むので、僧は"蓮"の字の上に"いろは"を付けていろいろと名前の提案を出します。名を「呂蓮坊」に決めたところで、食事が出来たと妻がやって来て、夫の姿を見て驚き怒ります。妻が怖い主人は手のひらを返して責任を僧になすりつけるので、僧は妻に責め立てられてしまいます

突然宿にやって来た坊さんが珍しい。四方山話を聴いていたら何だか面白い。俺も坊主というものになってみたいもんだなぁ。うーん、ますますなってみたくなったぞ。うん!もう決めた!弟子にして下さい!いやいや、女房にはもう話してあります(嘘)。さぁさぁ、ちゃっちゃと頭剃っちゃって下さい。頭剃ったら法名下さい。あ、その衣ももらえます?うれしいなぁ~。いや~これでもういっぱしの坊主だな~…あれ?お前いつの間に…いやいやいやいや、これにはワケがあって…だからさーこの坊主に無理矢理誘われて…そうそうそうなんだよー俺は嫌だって言ったのにさー(以下略)…。

"思い立ったが吉日"とは良く言いますが、単にこの宿の主人は行き当たりばったりのイキオイだけ。後先考えず突っ走り…それでもまだ自己責任を覚悟してるなら良いんだけど、立場がヤバくなってきたらあっさり責任転嫁。自分のお尻は決して拭きません(笑)。いつもは実直な役柄が似合う深田さんの"C調野郎(←死語に近い・苦笑)"の無責任っぷりは新鮮に見えます。良い面の皮なのはこの旅の僧。せっかくの厚意がとんでもない仇に。本当なら激怒しても良い所なんだろうけど、さすがまったりズムの万之介さん、「あれあれあれ」と呆気にとられているうちに気が付けば悪者に仕立て上げられている。猛妻に吹っ飛ばされて呆然と場を去る背中にSEのカラスが一声「アホー」。脱力のエンディング(笑)。

開演前の夕食にいただいたサワー(こら)が効いてきて、前半の主人と僧のほんわかしたやりとりの間、ところどころ意識が飛んだんですが(泣笑)…後半、高野猛妻が登場して目がギンギン(爆)。「あーた!これはどういうこと?!納得のいく説明してちょうだいっ!」とまぁ、凄まじい勢いで迫る姿がやっぱり怖い。『釣針』のホラー乙といい、この猛妻といい、"怖い女"は高野さんの十八番でしょう。可愛く振る舞うところは本当に可愛いから、そのギャップも強烈。散々に僧をいたぶった後、「のう愛しい人、こちへござれ~」と急に猫なで声で夫に手招きするところなんざ、"同性"の自分から見てもゾーッとするわけでして(苦笑)。深田亭主はこのおっかねー奥さんの尻に敷かれつつ、普段はその芯の強さに都合よく寄りかかって、時折現実逃避でこのような騒動(出家して逃げようとした?)を起こしているのかも…などと想像してみるのも楽しい一曲でした。

そうそう、旅の僧が件の宿に着いたところで、舞台の奥の幕が開いてそこに深田主人が鎮座していたんですが、彼の後ろに置いてある小さめの屏風の絵柄が尾形光琳の「紅白梅図」でした。もちろんレプリカですが(笑)「この宿ってそんなご大層な屏風飾ってるんだー」とささやかに笑えました。安い贋作飾ってるのかも~。

※『木六駄』

毎年冬に、都の伯父に薪と炭を送っている主人が、今年も太郎冠者命じて、薪を六駄・炭を六駄、十二頭の牛に背負わせて都に向かわせます。太郎冠者が苦労して雪の中、牛たちを引き連れて行くと、峠の茶屋が開いていたのでそこで休憩を取ることにします。茶屋が生憎酒を切らしていたので、太郎冠者は主人から言付かった酒樽を開けてしまい、茶屋と一緒に飲み干してしまいます。したたかに酔った太郎冠者は気持ち良く舞を舞い、勢いで薪六駄を全部茶屋にあげてしまい、炭六駄を担いだ六頭の牛だけを連れて伯父のもとに向かいます。伯父は太郎冠者から主人の送り状を受け取り、「木六駄、炭六駄」とあるが木(薪)はどうしたと問い詰めます。酔ったままの太郎冠者は、それは改名した自分の名だなどと適当な言い訳を言って、怒った伯父に追い込まれて行きます。

今回の目玉の大曲を、どのような舞台効果で見せてくれるのか。いよいよの『木六駄』です。舞台奥に格子窓のセット。窓の外は青いライトにチラチラ舞う雪。すうっと会場の気温が下がっていく感触。毎年の伯父への贈り物を太郎冠者に命じる主ですが、行き渋っている太郎冠者にエサをちらつかせる(笑)。綿入れの着物と足袋を新調とは、意外につつましやかに思えますがこの程度がご褒美の"相場"なのだろうか。太郎冠者、コロッと態度を変えて(笑)主人の命を遂行します。

見どころの"牛追いシーン"。スペース・ゼロの変則舞台、今回は舞台下手・客席壁際に長い橋掛かり(花道と言っても良いかな)を設置。その橋掛かりから舞台にかけてぐるりと、、まるで襖をびっしり並べたように続く壁セットには、白地のその上部に薄墨が滲んだような陰りが描かれていて、そのモノトーンの色彩が雪道のしんしんとした寒さをヴィジュアルから感じさせてくれます。その墨絵の中を「ちょー、ちょーちょーちょー!」と声をかけながら牛を従えていく太郎冠者。実に演劇的な動きというか、声を出しているのに無声のパントマイムを見ているような印象。牛にぐいっと引っ張り返されるアクションなど特にそう。古来の"型"よりも写実性が高いかな?能楽堂ではありえないこの舞台装置の中で、このような動きは実に良く映えます。

「牛が12頭見える」というより、太郎冠者の牛に対する気持ちが見える感じかな?せっかちな牛、のんびりした牛、怖がりの牛、全く言う事を聞かない牛etc…それら一頭一頭にあれこれ気を配りながら進んでいく太郎冠者。「ったくもう、しんどい仕事だ」というボヤキも同時に聞こえてくるけれども(笑)。

"雪が真っ黒に降って来る"…なんと素朴で詩的でなおかつ雄弁な台詞だろう。この一言で、音もなく降り積もる雪の景色のしんとした重さが耳を通じて肌で感じられる。"真っ黒"という飾り気のない単語の中に、自然への畏怖さえ含まれているような。笠に手を添え、渋い表情で空を見上げる太郎冠者の創り出す、会場全面の雪景色。一瞬、時間が止まったような静けさの、何と心地よいことか。

やがて道は峠に差し掛かります。舞台上の背景は上り坂の雪道に。牛を追いながらスロープを登る太郎冠者。そのまま下手の袖に引っ込むと、上手から石田茶屋登場。背景の雪の坂道の両脇に垣根が置かれて、舞台は峠の茶屋と変わります。ここまでクタクタの太郎冠者、ここで一休みしていこうと茶屋に上がり…案の定、薪や炭と一緒に伯父に渡すはずだった酒は太郎冠者と茶屋の胃の中へ。この茶屋が何と言うか人たらしというか(笑)。あの石田さんの笑顔で「ま、(酒が)少なくなったら水足しておけば良いんじゃね?」と言われたら「それもそうかぁ」と乗っちゃうよな(苦笑)。したたか酔った太郎冠者が舞い謡う鶉(うずら)舞、それはもう見事な酔いっぷり。フラフラで今にも倒れそうなのに、実は巧みな足さばき。ジャッキー・チェンの『酔拳』みたいと言ったら大袈裟か(笑)。酔っているのに美しい。しかも酔いっぷりがめちゃめちゃ楽しい。謡う声も朗々と。もうどうしようもないスカポンタ~ン(←『ヤッターマン』実写化記念・笑)なのに、このおメデタさはそれこそ福の神的。

酔った勢いで茶屋に薪をすべて譲ってしまった太郎冠者、炭を背負った半分の牛を引き連れて、千鳥足で伯父のもとへ。背景は再び、外に雪がちらつく格子窓に。ヨレヨレで到着した太郎冠者が主人からの送り状を伯父に渡すと、書状の目録と太郎冠者が運んできた荷が合わない。「炭はあるが木六駄は?」「木六駄は来ません」「酒はどうした?」「酒は来ません」と臆面もなく答える太郎冠者。二人の掛け合いのテンポが見事にボケとツッコミ然として客席もどっと沸きます。「ソコに書いてある"木六駄"というのは自分の名前で(進物のことではありません)」などというとぼけた言い訳も、ベロンベロンになりながらもそういうとんち?だけは忘れない太郎冠者の憎めないキャラを浮き彫りにしてくれます。

モノクローム基調の色彩の中に演劇的要素てんこ盛りの、重厚ながら実に楽しい一曲。スペース・ゼロの自在な空間を利用した舞台装置は、狂言の元々の良きシンプルさをむやみに押しのけることなく、それでいて視覚的効果が観客の想像の翼を広げる後押しを、決して押し付けがましくなく成していたように思います。以前世田谷パブリックシアターにて万作さんの同じ『木六駄』を拝見しましたが、あの画期的な舞台装置の中でもどこか鏡松を背負って演じていたように思えた万作さんとは違って、若旦那は当然基本を重んじつつも、かなり一般的演劇に近いアプローチで舞台に立っていたように見えました。能楽堂ではなく、一般のホールで行う狂言の表現の、言い方は適切かどうか分かりませんが「潔く割り切った姿」のようなものを感じました。

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鎌倉能舞台40周年記念特別公演 乱能

2009年2月2日(月)11:00~ 於:国立能楽堂

◆能『邯鄲』

 蘆生:観世元伯 舞童:鵜澤洋太郎 勅使:安福光雄
 大臣:徳田宗久・小寺真佐人・加藤洋輝
 輿舁:小野寺竜一・烏山直也
 宿の女主人:一噌隆之

 大鼓:関根祥人 小鼓:八田達弥 笛:中所宜夫 太鼓:中森貫太

 地謡:田邊恭資・大川典良・大日方寛・梅村昌功・亀井広忠・小寺佐七
     ・安福建雄・森常好

 後見:古賀裕己・山本則俊

◆舞囃子『小袖曽我』

 高野和憲 深田博治

 大鼓:中森慈元 小鼓:古川充 笛:御厨誠吾

 地謡:月崎晴夫・河村眞之介・白坂信行・舘田善博

◆能『土蜘蛛』

 僧・土蜘蛛の精:善竹十郎
 源頼光:佃良勝 胡蝶:善竹富太郎 頼光の従者:善竹大二郎
 独武者:安福建雄 
 独武者の従者:柿原光博・林雄一郎・大倉栄太郎
 独武者の下人:高野彰

 大鼓:佐久間二郎 小鼓:五木田三郎 笛:野村小三郎 太鼓:中森健之介

 地謡:栗林佑輔・山本則重・梶谷英樹・桜井均・吉谷潔・大江照夫
     ・國川純・殿田謙吉

 後見:山本則孝・山本則直

◆狂言『蚊相撲』

 大名:駒瀬直也 太郎冠者:遠藤喜久 蚊の精:奥川恒治

 後見:長沼範夫

◆仕舞
 
 『高砂』    河村眞之介
 『三笑』    桜井均・梶谷英樹・大川典良
 『船弁慶』 吉谷潔

 地謡:小野寺竜一・徳田宗久・安福光雄・鳥山直也

◆一調
 
 『勧進帳』 野村万作  小鼓:武田宗和
 『西行桜』 柿原崇志  大鼓:関根祥六

◆能『猩々乱』 双之舞 和合三段之舞

 猩々:野村萬斎・亀井広忠 高風:古賀裕己

 大鼓:森常好 小鼓:味方玄 笛:中森貫太 太鼓:坂真太郎

 地謡:小野寺竜一・小寺真佐人・野口能弘・則久英志・白坂信行・助川治
     ・観世元伯・松田弘之

 後見:野村万作・高野和憲

◆舞囃子『吉野天人』 飯富雅介

 大鼓:桑田貴志 小鼓:弘田裕一 笛:新井麻衣子 太鼓:墨敬子

 地謡:加藤洋輝・吉谷潔・河村眞之介・佃良太郎

◆一調
 
 『屋島』   久田舜一郎  小鼓:足立禮子
 『放下僧』 大江照夫    大鼓:中森貫太

◆半能『融』 十三段之舞

 源融の霊:一噌庸二 旅の僧:白坂信行

 大鼓:味方健 小鼓:河村晴道 笛:鈴木啓吾 太鼓:小島英明

 地謡:栗林祐輔・鳥山直也・大倉栄太郎・善竹富太郎・柿原光博・寺井宏明
     ・國川純・鵜澤洋太郎

 後見:一噌隆之・善竹十郎

◆狂言『菌』

 山伏:殿田謙吉
 菌:舘田善博・大日方寛・則久英志・御厨誠吾・野口能弘
    ・梅村昌功・森常太郎 

 後見:永島忠侈

◆半能『石橋』 大獅子

 白獅子:山本東次郎
 赤獅子:山本泰太郎・山本則孝・山本則重
 寂昭法師:山本則直

 大鼓:柴田稔 小鼓:味方團 笛:山本則秀 太鼓:山本則俊

 地謡:田邊恭資・月崎晴夫・深田博治・吉谷潔・安福光雄・久田舜一郎
     ・安福建雄・松田弘之

 台持:善竹富太郎・大倉栄太郎・加藤洋輝・小寺真佐人

 後見:野村小三郎・遠藤博義

******************************

(※普段のレポでは能楽師さんのお名前の敬称に"師"を使ってるんですが、どうもこの乱能の雰囲気に合わないような気がして・笑…"さん"で統一しました。コッチの方が気楽に書けそうなので、これ以降"さん"にするかも。自分のお師匠さんでもないんだし・苦笑。アホみたいに絵文字ちりばめて見難くてすみませんcoldsweats01

昨年のある日、何気なく鎌倉能舞台サイトを覗いていたら…チケット情報のページに乱能の二文字が。目ざとく若旦那の名前を見つけて速攻購入coldsweats01…いや、"乱能"自体にもちろん興味はありましたけどね。その後知ったんですが、このチケットは瞬く間に完売だったもようで…自分はたまたまラッキーだったようですshine

当日。「ま、自由席と言っても平日の昼だし~…開場時間頃になったら皆さん三々五々集まって来る感じかな~」などと考えて、千駄ヶ谷駅前のカフェでのんびりとカプチーノなどすすりcafeご一緒することになった某常連さんとぼちぼち待ち合わせて国立能楽堂へ。

大長蛇の列。

ああああああ、甘かったか…まぁ座席数しかチケット出てませんからどこかには座れるんだろうけど…いやはや、大人気なんですね乱能(今更)coldsweats01ところがどっこい!列の後方からいざ見所に入ってみたら、なんと正面最前列の端っこが3席空いている!!「よし、ここだ!」とその常連さんと並んで2座席GET。普段は、最前列とはいえワキ柱が視界の邪魔になって敬遠されがちな位置なんですが、ちょい横を向けば橋掛かりからまっすぐ、揚幕が真っ正面に見えるというなかなかの眺めflair

能楽師のお名前がびーーーーーっしり載っている二つ折のプログラムと、鎌倉能舞台40周年記念・鏡松のプリントのハンディタオルをいただきましたpresent勿体なくて使えねぇ~wobbly

会の主催者・観世流シテ方中森貫太さんのご挨拶の後、いよいよ"6時間耐久能楽隠し芸大会"の幕が切って落とされました~happy02

※能『邯鄲』

いきなり『邯鄲』ですよcoldsweats02シテ蘆生は観世流太鼓方・観世元伯さん。しかしシテ登場の前にすでに見所の笑いをガッチリ掴んだ御仁が…アイ宿の女主人・一噌流笛方一噌隆之さん!!!いや~似合わないこと似合わないこと(爆)。いや、あのアイはあのヅラの所為?で大体どなたが演っても似合わないかも知れないけど(若旦那もbleah)…恥ずかしいのか嬉しいのか、一噌さんの口元には常に微かな笑みが。でも声がなかなか良くて聴きやすかった!すると地謡座ですっと立ち上がる影。宝生流ワキ方・森常好さんが一噌さんに向かってデジカメ構えてるcameraいいいいいいくら"隠し芸大会"とはいえ神聖なる"三間四方"でソレはアリなのかcoldsweats02…なんて心配は最初のうちだけ。この後はそりゃもうしっちゃかめっちゃかに…。

シテの元伯さんはもう鬼気迫るほどの真剣さ!さすがに一畳台の上での動きは、能面のめっちゃ狭い視界に戸惑われたか、少々おっかなびっくりの様相でしたが(作り物の柱に何度かぶつかりそうにwobbly)、舞台上では語りも舞もかっこ良く決まってましたheart01小柄に見える体型の所為か、初々しい少年のようなイメージの蘆生。爽やかさがあったなぁ~。

必死のシテを尻目に共演者がもうひと脱線。普段は子方が演じる舞童に、見事な体躯pigの大倉流小鼓方・鵜澤洋太郎さん。やたらバカでかい子方ならぬ"大方?"に見所は笑いを抑えきれないhappy02立ち姿に化粧まわしを着けてあげたい…歩調がどう見ても四股foot座って待機している間ももぞもぞごそごそ…どうやら装束がきつくて(爆)まともに座っていられないらしい。見かねた隣の大臣がハリセンよろしく扇で舞童の頭を一発二発bombついでに蘆生も唐扇で一発punchいよいよ舞うシーンでは巨体をゆすって「いちとぉ~にぃとぉ~さんとぉ~…」思いっきりリズム取ってるよ~smile

ということで"蘆生の50年の夢"は笑いの渦に巻き込まれたまま終わりまして。何だかもう…最初の演目で笑い疲れた…。

※舞囃子『小袖曽我』

我らが万作一座の若頭コンビ・フカタン&たかのん参上sign03黒紋付袴にピシッと身を包んで並ぶ姿がかっこええ~heart04この雰囲気はもうお遊び無しできりっといくのかなぁと思っていたら…地謡が何やら持って来て二人の頭の上にかぽっとかぶせた。それこそ浅草の仲見世で外人観光客相手に売るような月代青々のオモチャの丁髷ヅラhappy02happy02happy02…まさかこれも東急ハ●ズでsign02

もーお二人の顔が真剣そのもの、舞がバッチリ決まってるもんだからかえって丁髷ヅラの可笑しさが増幅。その可笑しさに拍車をかけてくれたのが大鼓を仰せつかった観世流シテ方・中森慈元さん。「いよぉぅ~……はぁぁ~~…」ともう涙が出そうになるほど情けない掛声と「ペコン」と鳴る大鼓。小鼓の同じく観世流シテ方・古川充さんの音色も何だかアヤシイcoldsweats01脱力感たっぷりの"リズム隊"を必死に引っ張る笛・宝生流ワキ方御厨誠吾さん。見るに見かねて慈元さんのお父上貫太さんが切戸口から飛び出して来て、慈元さんの背後で助け船を出してます(泣笑)。大丈夫か~coldsweats02

舞いのシメはさすが狂言方、「わーっはっはっはっは!」と笑い留め。きりっとしまるはずが結局これも大笑いでしたね~。

※能『土蜘蛛』

大藏流狂言方・善竹家と各流派囃子方の混合編成による『土蜘蛛』。今回楽しみにしていた一曲です。前場ではシテの僧・善竹十郎さんとワキの独武者・安福建雄さんが橋掛かりの上で蜘蛛の巣のぶん投げ合いdashいきなり舞台上が蜘蛛の巣だらけwobblyこの独武者が飄々としていて、頼光に呼ばれて受け答えをしながらさりげなく「どうしました?」とか現代語モード。どっと沸く見所。間が絶妙なんですわ~happy02しかしなぜ武者が蜘蛛の糸持ってるんだ?という素朴な疑問はまぁどーでもいいか~。

アイは高安流大鼓方・高野彰さん。独武者の下人としてそこそこ長い語りがあるのですが、最初調子良かったものの後半で「うう?ああ?」と何度か詰まるcoldsweats01ちょい照れながら頑張る姿にお人柄の良さを感じました。そしていよいよ後場!蜘蛛の巣がびっしり掛かった塚の作り物から十郎蜘蛛登場~!!!さてお目当ての"蜘蛛の巣文字"はいかに…基調白の巣の中にオレンジの糸で「十郎」と見えますよ!…ありゃ?見所の反応が今一つ薄い感じが…分かりにくいか力作の「十郎」???「みんなちゃんと見て~!!きちんと"十郎"って出来てるでしょ~!!」と心の中で叫ぶワタクシcrying

もうここぞとばかりに蜘蛛の巣を投げまくる十郎蜘蛛!派手な立ち回りの中でいつの間にか、投げる蜘蛛の巣がやたらカラフルになるshineピンクに…やがて「パーン!」という破裂音と共に金色のテープまで乱舞!どうやらバズーカクラッカーをやらかしたらしいbombこれまたハ●ズあたりから調達か?もう蜘蛛の巣だらけでぐちゃぐちゃの舞台上、遂に十郎蜘蛛は取り押えられるのですが、何故か敵役だったはずの御子息達に助け起こされ…「お父さん!」と叫んでウケまくってたのはもしかして、前場で胡蝶(それも太めの←こら)を演じていた富太郎さんでは?いつ紛れ込んで来たんだか~。

そうそう、小鼓担当の観世流シテ方・五木田三郎さんは鼓の片面にアンチョコをクリップして立ててました(爆)。ジャズメンがトランペットとかにスコア立ててるみたいなnotesさりげなーく振られるネタが楽しくてしょうがない~。ご本人にしてみれば"本気のアンチョコ"だったかも知れませんがbleah

あ、それと…笛担当の狂言方・野村小三郎さん(←こういう書き方慣れないな~coldsweats01)、退場のところで立てない…やっぱ慣れないことで緊張すると、普通この職業の方々ならあり得ないだろう"しびれ"が起こっちゃうんでしょうかね?

※狂言『蚊相撲』

ネタなのか単に本当にグダグダなのか、この日最高にカオスな空気(笑)だったのがこの一曲。観世流シテ方トリオ、さすがに最初は上品な印象で「これは真っ当にやり通すかな?」と思っていたら…あれ?何だか話が聞いたこと無い方向へ行ってないか?台詞回しなどはもろ山本家っぽい感じでしたので、大藏流お手本だと思われますが、ストーリーは別に和泉流と変わらなかったはずなんだけど。何かいろいろオリジナルを組み込んでいたかbleah

太郎冠者役・遠藤喜久さんが何かの"笑いのツボ"にハマってしまったらしく(ツボは目の前の大名・駒瀬直也さんかも・笑)、吹き出してしまうのを我慢出来ない場面が何度も。その太郎冠者、何かのおりに主人が"お大臣(=お金持ち)"であると称えて、その度に見所に何か細長い銀の袋に包まれたお菓子を懐や袖から取り出して、節分の豆まきよろしくぶん撒いての大サービスpresentどうもアレは銘菓(笑)「うまか棒」に見えたんだけどなー欲しかったなーdelicious

蚊の精・奥川恒治さんは、うそふきの面の口に付ける例の"ストロー"のセッティングにえらい四苦八苦。後見(この時は女性だった?)にあれやこれや気遣ってもらって何とかして面の口に差し込もうとするのですがなかなか上手くいかないshock仕方がないので一旦手で押さえたまま舞台に戻ろうとして、やっぱまずいかとまた戻って後ろ向きでごそごそ。このままストロー無しで演じるハメになるかとヒヤヒヤしていたらギリギリで何とかくっついたらしいcoldsweats01相撲ということで、何の変哲もないダンボールにマジックで「しお」と書きなぐった(笑)箱が登場、白小袖になった大名がその中に手を突っ込んで、パーっと塩を撒く真似。大藏流ではあのでっかい団扇ではなく、太郎冠者が大名に加勢して蚊を扇で扇ぐんですね~。ここに至るまでトラブル続きの蚊の精は戦う前からグロッキー気味(苦笑)。「早く終わらせたい~」みたいな情けない台詞が面の奥から漏れていたようないないようなcoldsweats01

※仕舞『高砂』『三笑』『船弁慶』

『高砂』と『船弁慶』はさらっと決まった印象だったんですが、真ん中の『三笑』が愉快でした。どう見ても三人で何かの折に譲り合ってるんですよねsmile互いに目くばせしっ放しで次の動作に移るタイミングが掴めない。ギクシャクしてロボットアクションに(爆)。

※一調『勧進帳』『西行桜』

ここでヴェテランのお二人がぴしっとキメてくれましたflair『西行桜』では高安流大鼓方の國川純さんに代わって同じ流派大鼓方の柿原崇志さん。大笑いやらグダグダボロボロ(失礼!)やらでいささか緩み加減の見所の空気がお二人のお陰でしゃんっ!となりましたcoldsweats01万作御大はさすがの風格、柿原さんはそれでもラストにちょこっとくすぐりを入れてましたね。万作御大が入れるくすぐりも…ちょっと見てみたかったかも(結局どっちが良いんだ自分wobbly)。

※能『猩々乱』

本日のメイン・イヴェント~!!!!!いや~ここに至るまで待って待って待ち続けました…と言いたいところですが、ここまでがあまりに面白かったもんだから「え?もう『猩々乱』まで来ちゃった??」というのがホントのトコロbleah舞台中央前方に置かれたでっかい酒瓶に期待(何の)が湧きあがる~!高風の短い語りのあと、まず登場したのは比較的色白(笑)の猩々。ん?こりゃどっちだ???じっと手(爆)を見つめるも、細くて真っ白shineな指だし扇の返し方などの所作も若旦那のソレ。んーーーこっちが若旦那なのか?とも思ったんですが何となくオーラが違うなー…などとあれこれ考えているうちに、揚幕には二人目(二匹目?)の猩々が…。

なんじゃこのバケモン。もー明らかに人間じゃないんですがーshockshockshockしこたま妖気と闇を背負って出て来たもんだからココで分かった…コッチが若旦那だーsign03sign03sign03しかし見事なキャラのコントラスト。広忠猩々はその面の顔色と相まって、ぽわんと明るい光を背負っていて可愛いこと可愛いことheart04白い可憐なマーガレットあたりが似合いそうなフェアリー。対する若旦那猩々…一見赤ら顔(笑)の美青年(きゃーhappy02)、ところがその本性はメガトン級の妖力を誇るボスキャラといったところ。綺麗な花には棘があるkissmark…ということでビロード生地のような肉厚の花びらを持つ黒薔薇のような風情(猩々'sより先に酔ってますよ自分…)。このコントラスト見るだけでお腹いっぱいなのにこいつら(失礼!)が目の前で華麗に舞い朗々と謡うってんだからたまりませんわ~。

黒薔薇猩々は余裕のパフォーマンス。酒瓶に顔を突っ込んでグビグビっとやらかし(瓶の口から上げた顔がますます赤くなってるし~coldsweats02)、"水上の乱れ足"では連れ舞で前を行くマーガレット君のお尻に蹴りを入れfootクラシック・バレエよろしくジャンプ足技を披露し、狂言の型で千鳥足(彦市かよっ!)→酔いつぶれて寝っ転がりとまぁ…変幻自在。マーガレット君も引っ張られたか見事な舞いと謡い(予想した通り声が良かった~)。リズムがちと怪しくなりかけた大鼓担当の森さんに寄って行って手拍子で修正のお手伝い。これも一種の余裕かな~。しかし二人とも行き当たりばったりなおちゃらけ感は全くなく、くすぐりも全て自然な流れの中に組み込まれてます。

笑えるとこ以外は見所静まり返ってましたねcoldsweats02惹き込まれてた空気ありました。お客さん達は皆さんそれぞれ任意のタイミングでトイレや食事休憩を取っているんですが、この『猩々乱』では客席完全に埋まってたかも。

※舞囃子『吉野天人』

………まことに申し訳ございません…泣く子(?)と地頭(?)と空腹には勝てずcryingここでさすがに食事休憩取りましたriceballモニターの見えるとこで食べたかったんですが生憎満席。モニターから漏れ聞こえて来る囃子の音色を耳にしながら、離れた場所でおにぎりをパクつく。ここまで来ると6時間完全コンプリートを目指したかったんですが…まぁ「見所で食べる」ってぇのはこれからも永遠に御法度でしょうからね。"原初"の頃は飲み食いOKだったんじゃないかと思うんですが…。

「見所で幕の内弁当」は遠い夢sad

※一調『屋島』『放下僧』

『屋島』は食事の時間配分を間違って途中入場になってしまいました面目ないdespair観世流シテ方・足立禮子さんが小鼓を奏でる姿になんか見入ってしまったlovelyさすがに力強さはありませんが、上品で柔らかい佇まいがすっごく"綺麗"に見えたなぁ。大倉流小鼓方・久田瞬一郎さんの謡いも良かったし…あーこれ、ちゃんと最初から観たかった…。

続く金春流太鼓方・大江照夫さんがもー大変でしたsmile始まってさほど経たぬ間に、謡いがほとんど飛んでしまいグダグダ~!緊張されたのか入っていなかったのか。後見が居なかったのでどうするのかと思っていたら、自分の座席の真横、地謡座から玉砂利を挟んで右の御簾が下がっているその奥(切戸口からの通路になってるところ?)からガンガンプロンプが飛んできますhappy02最初は一言二言キーワードを教えていたんですが、更にどーにもならなくなって、遂には大江さんと一緒に謡い出す始末。舞台上と御簾の奥で斉唱やってるよ~(爆笑)。そのうち大鼓担当の貫太さんもサポートで謡い出す。シテと大鼓と"御簾の奥プロンプ"の大合唱なんてそう観られませんわhappy02当事者の大江さんはもうエラい精神状態だったかもですが、期せずして"弾き語り"の貫太さんを観られたのはちょっとお得good

※半能『融』

大鼓担当の観世流・味方健さん、最初は普通に大鼓を奏でていたのですが、途中で後ろから差し出されたモノと大鼓を交換。コレがなんと、お稽古で師匠がリズム取りに使う張り扇と台!ピッチンパッチン叩きながら掛声掛ける姿に見所大ウケ。なんでコレに変えたのかな~?シテ源融の霊は一噌流笛方・一噌庸二さん。「まだまだお稽古レベルです!」という辛目のジョークのおつもりかsmile?そのシテ一噌さんは直面。直面になると少々生々しい感じがして正直幽霊には見えないかなbearingしかしこちらも初っ端の『邯鄲』シテ観世元伯さんと同じようにピッシリと決めていらっしゃいました。

※狂言『菌』

"菌"と言ったら『もやしもん』(←すんません只今絶賛マイブームなもんでcoldsweats01)…じゃなくてコチラも先に演じられた『蚊相撲』と同じく大藏流お手本。メンバーはオール宝生流ワキ方軍団なのでチームワークの良さは今回一番だったかも。シテ山伏役・殿田さんがカッコいいことこの上ないheart02高僧のような長い頭巾(正式名称失念)に白っぽい大袴。頭にトキン・括袴の和泉流山伏とはずいぶん印象が違うし。さすがにもともと能のお方だー、としばし見とれてしまいましたよlovely

ところがその威厳たっぷりな山伏が「なすびの印」とかやっちゃうから面白い!増殖するキノコ隊はみな地味目の装束で笠の形状もほとんど同じ。一人一人の見わけはつかないんですが、例の"キノコウォーク"を続けていると脱落者がちらりほらりdownヨレヨレキノコがまた見所の笑いを呼ぶ。殿田山伏、ちょいとお遊び「お前は梅村だな?」「この動きはダイエットに良いぞ」と爆笑台詞をちりばめます。どんどん歩調が乱れるキノコ軍団に「そんなんでワキ方がつとまるかー!!」とゲキも飛ばしてたなー。

退場するところではもう限界オーバーでしたねキノコ軍団coldsweats01いつも観るような姫茸も鬼茸もいませんし、キノコ達に関してはちょっと地味な印象でしたが、殿田さんがユーモアを交えながらしっかり舞台を引っ張っていて結構見ごたえがありましたwink

"カメラマン"森さんはこの演目あたりで見所・脇正面最後方あたりにちゃっかり出没movieビデオ撮ってたのかな?

※半能『石橋』

耐久レースもいよいよ最終コーナー!これまた楽しみにしていた『石橋』happy02出演は今回の会で狂言曲のお手本になっていた大藏流狂言方・山本家御一同様。さすが"質実剛健"を絵にかいたような山本家らしい、大真面目でパワフルな獅子達でした!シテの東次郎さん、満を持しての登場という意気込みを感じましたね~。当然ながらくすぐりもなし、ラストをきりっと締める華やかな舞台でしたhappy01地謡には万作一座からフカタンとツッキーnotes何となくツッキーはコレ演りたかったんじゃないかなーと思ってみたり(笑)。

うーん…終わってしまったらなんかめっちゃ寂しかったですcrying

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病み上がりだったもので、当初は6時間ぶっ続けで最後まで観られるかかなり不安でした。最前列の端っこに席を取ったのも、万が一体調が悪くなってきたら即退場出来るように、比較的出やすいところを選んだというのもあったんでですよね(他の"通路脇"席はすべて埋まってました)。ところがどっこい、見続けるうちにむしろ体調がどんどん良くなっていくような気がしたぐらいでビックリcoldsweats02まさしく「能楽師さん達から元気をもらった」ということなんでしょうか。疲労はありましたが、物凄く気持ち良い疲れ方だったなー。珍しく眠気ももよおさずに(笑)。「元気にしてもらえてありがたい」という気持ちでいっぱいですheart04…↑じゃあ結構無茶苦茶書いてますがcoldsweats01

主催の中森貫太さん、本当に本当にお疲れ様でした!満員御礼で大成功happy02先日亡くなられたお父様がこの乱能が大好きだったとのこと、きっとお空の上から大笑いされて眺めておられたのではないかとconfidentこの後はソーゼツな"打ち上げ"でもあったんでしょうか?bottlebottlebottle

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よろしかったら。

レポ・ページに『第11回 万作を観る会 名古屋公演(どじこ様レポ)』を清書UP。『万作萬斎新春狂言2009』レポに加筆。TOPイラに2個目の隠しリンク設置。TOPページに「お知らせ」ページへのリンク。

娘は中学のスキー教室、愚息は友人たちと旅行(京都だとさふざけんなangry)…ということでこの一晩だけのーんびりの"独り暮らし"満喫ですwinkついでにちょこちょこっと更新を…。

インフルエンザのリハビリのつもりでちょい食い過ぎたかも知れん…げふっrestaurant

TOPの「お知らせ」については、ご興味がありましたら是非お問い合わせ下さいませhappy01「またかよ~!」と言われても仕方ないですがcoldsweats01

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もっと観たいんだけど。

レポ・ページに『国立能楽堂開場25周年記念特別研鑽公演(どじこ様レポ)』『大槻能楽堂自主公演能 第二日目(るーな様レポ)』『万作萬斎新春狂言2009(るーな様・瑞穂様レポ)』を清書UP。『第44回 野村狂言座』『第45回 野村狂言座』『新春名作狂言の会』をレポ・ページ目次とリンク処理。

リハビリがてら、溜まっていたレポを整理致しました。昨年暮れと今年初めのが一緒になっちゃいましたねcoldsweats01

ところで例のインフルエンザにウンウン苦しんでいる間に、あの超ゴージャスプログラムのNHK能楽鑑賞会が催されました。思いっきり念(呪?)を込めて送った応募ハガキは見事に落選、まぁ仕方がない、3月の放送予定日を待ちましょうと諦めていたところに、県人会のさるお方から「当たったのでご一緒しませんか?」とのありがたすぎるお申し出を受けてたんですね実は。

いや~正直舞いあがりましてhappy02二つ返事で同行をお願い致しました。うーんしかししかし…その前日から発熱という何とも不運な結果となりましてweepはしゃぎ過ぎたのがいけなかったか(泣笑)。そのお方にはまことに申し訳なかったのですが、泣く泣くキャンセルということになってしまいました。

後ほど、そのお方からメールをいただきまして、当日現地でのくじ引きで脇正面席をGETされ、目の前を欄干越えしていく若旦那@『越後聟』を充分に堪能されたようです。うーむ、羨ましいsign03自分も行けてたらきっと同じ脇正面…自分の鼻先を飛翔する"天狗様"を体験したかったぞーheart04

その方は『越後聟』初見だったそうですが、もし観に行けていたら2度目だった自分でも、何度でも観たくなる舞台だと思います。とにかく若旦那の「四十路ありえねー!」な身体能力を目の当たりに出来ればもうそれだけで厄落としになるんじゃないかwink

その『越後聟』、若旦那はここのところ固めて演じているようですが、当日『葵上』に出演されたワキ方・森常好師のブログにこんな一文がありました。

http://hananokai.blog7.fc2.com/blog-entry-162.html

いや~~~そんな事仰らずに~~~cryingcryingcrying

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