第九回 よこはま万作・萬斎の会。
2008年6月22日(日)13:00~ 於:横浜能楽堂
◆解説 石田幸雄
◆『魚説法』
新発意:野村裕基 施主:野村万之介
後見:野村萬斎
◆『箕被』
夫:野村万作 妻:石田幸雄
後見:月崎晴夫
◆狂言芸話(九) 野村万作
◆『千鳥』
太郎冠者:野村萬斎 主:高野和憲 酒屋:深田博治
後見:竹山悠樹
※解説
開演前解説は恒例の石田師。「最初の解説を任されましたが、この横浜能楽堂の舞台は、みなさん万作先生のお話目当てでいらっしゃってるでしょうから(笑)ワタクシの話は短くさせていただきます(見所笑)」。
今回は万作師はもちろんのこと、孫の裕基クンも出演するので、さまざまな世代のさまざまな舞台が楽しめるよう構成されています。「演じる者の年代によって、曲の面白さも変わってきます。これからも、もし同じ演目だったとしても、演じるメンバーや世代が変わっていたら、是非見比べて楽しんでいただきたいと思います」。
それぞれの演目については、『魚説法』では天真爛漫な子どもの芸を、『箕被』では欲望に忠実であまり罪悪感のない、実に狂言らしい人物造型を、『千鳥』では主人に酒のお使いを命じられた太郎冠者が、どのように窮地を切り抜けるか、そのあたりに注目して楽しんでいただきたい、とのことでした。
※『魚説法(うおぜっぽう)』
親の追善の為にお堂を建てた男が、法事を頼みに寺へやって来ます。応対をしたのは出家間もない新発意(しんぽち)。住持はしばらく寺をあけて帰って来ないというと、男は新発意にお経をあげてくれと頼みます。男からお布施の話を出されて欲にかられた新発意、ろくに経も読めないのですが、子供の頃から浜辺に住んでいて、魚の名前なら詳しい。ならばその魚の名前を経に織り込んで適当に唱えて誤魔化してしまえと、新発意は魚の名を並べたてながら説法をします。やがて男は、新発意の唱える経が出鱈目だと気づき咎めますが、新発意がそれでも説法をやめないので、最後は怒って追い込んでいきます。
少し前に、You Tubeにてたまたまだったんですが、懐かしの"ウリナリ狂言部"の映像を見つけました。ナンチャンの『盆山』もさることながら、チューヤン(今彼は何してる
)の『魚説法』に結構惹かれてしまいました(笑)。決して日本語が堪能とはいえない彼が、これだけ長台詞があり、ましてやそのほとんどが駄洒落という、彼にとってどう考えても"超難関"とも思えるこの演目を、しっかりと丁寧に、トチらず演じきった姿はなかなか格好良かったです
揚幕の中で、無事演じきったチューヤンに、当時の指導者で今は亡き野村万之丞師が「よっしゃー!」と声をかける光景にはちょっと感動してしまった。そんなことを思い浮かべつつ…。
今回のシテはいよいよ裕基クン。今年の誕生日でやっと9歳になる彼の、これまで拝見した舞台での、子方とは思えぬ堂々たる"ふてぇ奴"っぷりに毎回舌を巻いてしまうのですが、さすがに今回の演目は、今まで以上に言葉の正確さやリズムを問われるだけに、名うての"ふてぇ奴"も苦労するんじゃないかと…。普通、子方にこんなこと心配しませんよね
元気に出来ればそれでよし、なんですが、裕基クンに関してはどうしてもそれ以上を期待してしまう。期待させるふてぇユウ君がイケナイんですよ![]()
そして始まった『魚説法』。まぁとにかく全部杞憂だったとしか言えませんね
出てきてから引っ込むまで、全く揺るぎ無し。後見のパパは最初こそ例のこわーい表情でしたが、途中から「こりゃこのままイケるな
」と安堵されたか、実に柔和な表情になっておられました。一度二度はパパからプロンプ入るかな、などと考えたこと自体、大変失礼でしたね面目ございません![]()
セリフの明晰さもさることながら、あの妙に色気のある佇まいも、いつもながら「これは本当に10歳にも満たない少年なのだろうか?」と不思議になってしまいます。新発意の一本抜けたおヴァカっぷりはまだ希薄ですが(だいたい、普通そこまで要求しませんって
)、いっぱしのいち舞台人として観客の目を惹く存在感にまず魅了されてしまうし(前にも言ったかと思いますが、「子方の可愛らしさで目を惹く」というレベルはとっくに超えてます)、やがてそこに狂言必須の"おヴァカ"が加わったら、将来どんなになっちゃうのか![]()
ちょうど同年齢の頃のパパの映像も残っていますが、甲高い声の質はまるで音声コピーしたみたいにソックリなのだけれど、パパがまだ少年少年しているのに対して、ユウ君のこの色気は一体何なんでしょうかね
そうそう、僧の姿が色っぽいというのはパパのDNAなんだよな(笑)。それが今から備わっているのがオモテに見える。うーん、これからもユウ君から目が離せませんね![]()
…チューヤンの奮闘ぶりの印象が、やっぱりふてぇユウ君のおかげでで吹っ飛んでしまいましたが![]()
※『箕被(みかずき)』
連歌に熱中して家庭を顧みない男が、今回の連歌の会の当番になったと言って、妻にその用意を命じます。普段から夫を必死に支えてきた妻ですが、もうこれが限界と思い、連歌をやめるか自分と離縁するか、男に迫ります。男は朱買臣(しゅばいしん:中国・前漢時代の官僚)の故事を引き合いに、和歌の徳を妻に訴えかけますが、妻は応じず、遂に男は妻との離縁を決意、唯一残っている家財道具の箕(み)を、妻に離縁の印として渡します。箕を頭に乗せて家を出て行く妻の後姿を見た男は急に発句を思いつき、妻に投げかけます。すると妻は鮮やかに句を返します。男は、これからは夫婦ともに連歌を楽しもうと妻を呼び戻し、復縁の舞を舞います。
盤石の師弟コンビだったんですが、その二人の心地よい語り口に時折意識が吹っ飛ぶ
…なので記憶が途切れ途切れ
それでも、実に生活感のない夢見がちな連歌夫と、それを限界まで支え続け、遂にギブアップしてしまった生活臭たっぷりの妻の印象はしっかり残りました。最近ではたまたま、TVの映像で1回、生の舞台で1回、萬斎師の女(妻)姿を見る機会がありましたが、それに比べてさすがに石田師の女はくたびれていて生々しい(笑)。被った箕が新品に見えるか、それとも使い込んでところどころほつれて見えるか、そういう違いも見えてくるような気がします。
朱買臣の逸話のくだりが少々冗長に感じられるも、そこは万作師の腕の見せ所、語りの妙を楽しむつもりだったのですが、上記の状態にてそれもかなわず。かなりもったいないことをしました![]()
※狂言芸話
いつもはだいたいマイクのみ持たれて登場の万作師ですが、今回は二つの葛桶の蓋に錦の袋を入れて、両手で抱えて登場。「本日は面のお話を致します」。
袋の中から取り出したのは武悪の面。「能狂言ではお面のことを"おもて"と呼びます。裏は(と良いながが武悪面をひっくり返し)…"うら"ですね(見所大笑)。これは(先日亡くなられた)又三郎さんが良く言っていたんですが(笑)」そっか~野村又三郎さんの決めネタだったんですね![]()
能の主役はほとんど面をかけるが、狂言の場合は特別な役の時だけ…「一つは自然のモノ。動物や神様や鬼など。二つ目は女性…"特別"な女性ですが(ワケ知りの見所笑)。三つ目は老人。後期高齢者ですね(笑)」能の場合は最初から面をかけているが、狂言では部舞台上で面をかけることもある(たとえば『清水』など)。その際は後見座であわただしくつけることになる。最初からつけて出て来る場合は、装着した時に面に角度が出るように、面の裏に"あて(クッションみたいなもの?)"を付けますが、舞台上で着ける時には"あて"は使わないとのこと。
ここで万作師、実際に面をつけて見せます。後頭部でひもを縛る位置について「狂言では結び目をこのように高いところに持って行きます。これが能になると(と言いながら結び目の位置を下にずらす)このあたりで留めるんですよね。こんなに低いと落ちそうで怖いです」。
今回、武悪面は2枚登場。「(実際に今、万作師がつけていた方だと記憶していますが)こちらは2ヵ月前に買った新しいものです。そしてこちらが古いもの(見所より「おおー!」と声が上がる)」シロウトの自分が見ても"重々しさ"が全く違う
「こういう鬼の面などは、面打ち師がわざと一部を欠けさせておくんです(なぜそうするかの説明は無かったような?ちょっとの欠けも無く"完璧"だったら、鬼の面に霊力が宿ってしまうからか???)」。万作師、古い方の武悪を掲げて角度をいろいろにつけてみせながら「こうやって見ると面の良さが分かりますねぇ(万作師、かなり満足気
)。やはり"駄面(だめん…この漢字で正解でしょうか?)"は『ダメん』ですよねぇ~」あああああまるで某笛吹きおぢさんみたいなダジャレが~![]()
更に別の袋から"乙"の面を2枚。片方を掲げて「これは上品な方(「お嬢様」と仰ったか?)」もう一方を掲げると「こちらは(見所に向けて横向きにして)こんなに反ってます(見所笑)」やはり2枚目の"ホラー乙"は怖い
お上品な方のと比べてみるとそのおでこから鼻筋にかけての反り方のハンパ無さがまざまざと…。
他の演目で使う面へのこだわり。「『釣狐」で使う白蔵主の面は、狐がお坊さんに化けている姿ですから、下品ではいけないわけですね」「『枕物狂』の老人は、高齢ですがまだ色気を持っている表情…うーん、75歳よりは前かなぁ(笑)」「演出の目指すものに添った面を選ぶということが自分にとっては一番大事」という万作師。いざとなったら余所のお家の面を借りてでも、だそうです(笑)。「人によっては、自分が持っているものだけでどんな役でも表現出来なければならない、と仰いますが、自分としては、良いものを演ずるためには良いものを着けたいと思いますね」とキッパリ。
お父上の六世万蔵師は狂言師であると同時に面打ち師でもありました。沢山の面を打ちましたが、大半は能面で、狂言面は50ぐらいしか作らなかったとのこと。狂言師としての生活がなかなか厳しかった頃(多分戦後だったと思うのですが上手く聴き取れてません。訂正あったらお願い致します)、能面を収集しているというニューヨークのショー・ダンサー、ナザニエル某という人(苗字聴き取れず)に能面を打っては送り、見返りとしてギャバジンのスーツをもらって、それを換金してお米を買っていたという逸話を披露。後にそのナザニエル某氏の自宅に招かれた時、万蔵師の打った般若面が飾ってあって、その角のところに帽子がかかっていたそうな(見所爆笑)。他に万蔵師は、帯留や根付も作っていたそうで、それは全て生活のために身につけた技術。今のこの平成の世の、見所が満員になる光景は、その頃は望むべくもなかったということでしょうか。
万蔵師が亡くなった後、知り合いから「これはお父上が打った面ですよ」と言われて見せてもらう機会があるごとに「嬉しかったですねぇ」と語る万作師の表情が何とも言えず良かったです![]()
(全くの余談ですが「"ギャバジン"ってどっかで聞いたような気がするなぁ」と思っていたら…サイモンとガーファンクルの名曲『America』の歌詞の中に出て来るのを思い出しました。
She said the man in the gabardine suit was a spy~
コートのような長めの上着らしいですが、当時としては高価なものだったんでしょうか?)
面を大切に思う気持ちを語られ、それを締めとして芸話は終了。なんとなくいつもより短めな感じがしたのですが…それとちょっと残念だったのは、聴いている方が冷や汗タラタラになる過激発言が無かったこと(ソレっぽく聞こえるところも無きにしも非ずでしたが)
まぁそれでも、お父上万蔵師の思い出を語られる万作師の柔和な表情もまたおつなものでございました。
※『千鳥(ちどり)』
神事を明日に控えた主人が、普段からツケの溜まっている酒屋で酒を買ってくるように太郎冠者に言いつけます。これ以上は酒屋をだませないと太郎冠者は渋りますが、主人に押し切られてしまい、仕方なく酒屋へ向かいます。酒屋の主人にはまずお世辞を言って、豊作で米持ちになった主人が必ずその米でツケを払うと約束し、酒を売ってもらおうとしますが、酒屋の主人はなかなかいうことを聞きません。米が到着したら酒を渡すというので、太郎冠者はその間にさまざまな話をしながら、酒屋の主人の眼をかすめて酒樽を奪い取ろうとしますが、すぐに見つかってしまい上手くいきません。ならばと太郎冠者、流鏑馬のまねをしながら走り回ると、今度は首尾よく酒樽を手に入れて逃げて行きます。
自分は意外に『千鳥』を観る機会に恵まれているかな(笑)。「にほんごであそぼ」の"頭にひよこ(ひよこにしか見えない
)"ヴァージョンが大好きなので、♪浜千鳥の友呼ぶ声は~♪の謡が聞こえるとあのシーンばかりが浮かんでしまうのですけれどね![]()
これ、深田師酒屋とのコンビネーションが絶妙なんでしょうね。行動パターンはいわゆる"だるまさんがころんだ"なんですが、ぱっと動きを止めたり顔を見合わせたりする瞬間の、ちょっと大げさですがアクロバットの組み手を見ているようなピーンと張る緊張感と、どれが決まったと同時におかしみがドンとやってくる、その繰り返しで盛り上がります。実直で頑固そうで、てこでも酒を持たせまいとする深田酒屋と、あれこれ策を巡らせて、なんとか酒樽を奪い取っていこうとする知能犯(?)萬斎太郎冠者の組み合わせは、今のところベスト・キャストなのかも知れません![]()
それにしても、『千鳥』の萬斎太郎冠者は観る度に可愛さが増してくる
先に"知能犯"と書きましたが決してオツム良さげないやらしさはなく、ただただその動き回る姿が愛らしい。容姿でも、演技の仕方でもない、ただそこに居る姿がひたすら可愛い。普通「可愛い」と言ったら良くも悪くも"若さ"がその要因として付帯してくるものですが。確かに萬斎太郎冠者にはもともと、実年齢無視(笑)の若々しさがありますけれど、今はそれと同時に年相応、あるいはそれ以上の年輪さえ感じさせるエイジレス?な(ある意味、これも普遍の一種か?)可愛さが表れているように思えるのです。
5月いっぱい、シアターコクーンにて"強くてキュートなク●じじぃ(笑)"を演っていた影響もいくらかはあるかとは思いますが、やはり以前から何度も申し上げているように、"西の翁"の偉大なる可愛さが、東海道を越えて(笑)お江戸にやって来てしまっているように思えてならないのです。若々しいけど、なにかもっと年を経た風格のようなものも同時に感じる。やんちゃ坊主のようでいて、じじぃのようでもいて(笑)。
そういう萬斎師を観ていることによる癒され感は絶大
深田師とのコンビネーションも隙が無く大笑いして発散
なんとも"してもらい放題"の『千鳥』体験だったように思います。
ふと、あと数十年経ったら、萬斎師はどんなじーちゃん狂言師になっているのだろうと考えてしまいました。相変わらず細っこくて、シワシワっとちっちゃくなりそうなイメージが涌くんですが(爆)、なんというか、舞台上にちんまりと座って、何をするでもなしに周りに自然と幸せオーラを発散しているような、そういう風になって欲しい、いや、きっとそうなるんじゃないかと。彼より年上の自分としては、将来そういう場面に生きて遭遇できるか、非常にハードルが高いんですがね![]()
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コメント
今回は先行予約のハガキさえ出さずにいて、万作さんの芸話がすごーく気になってました(笑)まさに行ったような気分になれるレポありがとうございます(^ー^)
石田さんの解説のあたりからバーチャル体験させてもらいました(。-∀-)
裕基くんの、そらオソロシイ行く先の色気(笑)最近、彼の舞台を観てないのでどれだけ大きくなったのかと想像してました(^ー^)
万作さんの芸話も、目に浮かぶようです。後期高齢者には笑いました(≧m≦)能面と狂言面の結び目の高さが違うと言うのも初耳でしたし。
某(笑)笛吹きオヂサンばりのダジャレもまた…万作さんて、そんなお茶目なこと言うんですね(^ー^)
思えば、昨年のよこはま万作萬斎の会は9月。RICCさんと念願のご挨拶したのがまだ最近のようなのに早いですね〜。
またレポ色々覗かせていただきますヽ(・∀・)ノ
投稿: あめみこ | 2008年6月29日 (日) 22:00
どうも、お疲れさまでした。芸話のネタかぶり(笑)を参考にしつつ、大槻のレポもアップさせていただきました。
余談ですが。ギャバジンてのはもともと中世の長めのコートのことだそうですが、「ギャバジンのスーツ」となると、生地そのものを指します。目のつんだ丈夫な綾織りの布のことで、綿ギャバジン、ウールギャバジンなどと言いますね。昔の人だと「ギャバ」と略して言うことも。バーバリーの生地が代表的なものだそうです。以上、雑学でした(くりぃむ上田風に)
投稿: 瑞穂 | 2008年6月29日 (日) 22:53
亀レスもいいとこですね面目ございません(大汗)。
>あめみこさん
そうなんですよ~裕基クンがまた一味違ってまして(笑)。一時、やんちゃの匂いが漂ってきて、「あー、やっぱ男の子なんだなー」と思ってたんですが…また色っぽさが戻っていたというか(笑)。少なくとも同じ時期のパパとは大違いです(爆)。
万作師の「後期高齢者」発言はホント爆笑でした♪今回はそんなにあからさまな毒吐き(おいおい)は無かったんですが、ちょろりちょろりと、それこそいたずらっ子のようにピンポイントで何か仰るんで(笑)聴き逃さないようにと必死でした(苦笑)。
ちびあめクンが落ち着いたら、またそれこそ横浜あたりで再会出来そうな気がしてます(笑)。お待ちしてますよ~★
>瑞穂さん
難波レポ、大変お疲れ様でした~!!ネタ被りもありますがビミョーに変えてる部分もあるのがまた面白い(笑)。こうやって比較できるのもまた一興です。
へー!バーバリーなんかが「ギャバ」に当たるんですね!多分、当時の日本では高価だったんじゃないかと思います。しかし一体誰が買ったんでしょうかね???
蘊蓄にひたすら感心のくりぃむ有田です(笑)。
投稿: RICC | 2008年7月 8日 (火) 07:11