能楽現在形 劇場版@世田谷。
2008年6月20日(金)19:00~ 於:世田谷パブリックシアター
◆半能『融(とおる)』十三段之舞
シテ(源融の霊):観世喜正 ワキ(旅の僧):宝生欣哉
笛:一噌幸弘 小鼓:観世新九郎 大鼓:亀井広忠 太鼓:助川治
地謡:浅見重好・藤波重彦・坂真太郎・武田宗典
◆能『舎利(しゃり)』
シテ(前:里人/後:足疾鬼):片山清司
ツレ(韋駄天):関根祥人 ワキ(旅僧):宝生欣哉
アイ(寺の能力):野村萬斎
笛:一噌幸弘 小鼓:観世新九郎 大鼓:亀井広忠 太鼓:助川治
後見:上田公威・谷本健吾
地謡:観世喜正・浅見重好・藤波重彦・坂真太郎・松山隆之・武田宗典
◆ポストトーク
片山清司・野村萬斎・亀井広忠・一噌幸弘
*****************************
※『融』
東国の僧が都に上り、六条河原院(ろくじょうかわらのいん)を訪れると、そこに汐汲みの老人が現れて、自分の老いを嘆きつつ、秋の風情を愛でていきます。僧がこの河原院の謂れを訪ねると、老人はかつてここに源融大臣(おとど)が住み、陸奥千賀(ちか)の塩釜を移し難波の浦から潮を汲ませて、塩を焼かせてその煙を楽しんだという逸話を語ります。融亡き今は住む者も無く、河原院は荒れ果て潮も枯れてしまったことを嘆く老人。空の月が南天に差し掛かるを見届けて汐汲みをすると、やがて姿を消してしまいます。僧が廃墟で仮眠をとっていると、そこに融の霊が現れて、月明かりの下でかつての優雅な生活を舞に乗せてあらわします。やがて月が西に傾くと、薄れていく月明かりに紛れるように融の霊は消え去って行きます。
今回の舞台では、『融』全編ではなく半能。前半を省略して、後半の舞を見せるためのものです。向かって左に囃子方、右に地謡を配置した舞台は基本的に漆黒の闇。やがて何十メートルも先があるかと錯覚するほどの、SePT特有の奥行き感を最大限に発揮して、舞台後方がうっすらと青く光る。舞台中央から背景に向かってなだらかなスロープ。リノリウムの床が背景を反射して、鏡面のように静まり返った水面を思わせます。橋掛かりではなく、舞台左右にまっすぐに伸びた"通路"の左側に、宝生欣哉師演じるワキ・旅の僧が登場。お父上譲りのヴィヴラート・ヴォイスが今宵も心地よく場内に響き渡ります。
僧は此処が源融の邸宅の廃墟であることを語り、舞台が暗転すると…後方の漆黒の闇には大きな月のヴィジョンが投影されます。クレーターの位置もはっきり分かる天文写真的イメージ。その下部にうっすらと、烏帽子を被った人影が見える。雅やかな囃子方の音色に乗って、烏帽子の人影はゆっくりと舞台中央へ。リノリウム床に見事なまでに月の姿が反射して、その上を滑るように進む人影の幻想的な光景。1階席でも分かるのですから、2階3階からはどれだけ素晴らしい光景が見えたことか。
影の主は観世喜正師演じる源融の霊。スポットが当てられ、ほんの少し桃色がかって見える白狩衣がライトに映える。長身の喜正師、雅な空気を纏った殿上人のいでたちが良く似合います。ただ、幽玄さという点では、以前能楽堂で拝見した、同じ『融』における友枝昭世師の舞(面・装束無し、袴姿での仕舞)が桁違いに凄過ぎたので、それよりかはずっと"現実的"な印象になりました。今回は舞台装置も含めた上での総合的な"見え方"として、喜正師の存在感はマッチングしていたと思います。登場の直前、エコーがかかった声で喜正師の語りが流れましたが、あれは生声だったのか録音だったのか…。
舞が進むにつれ、どんどん圧力を増す囃子方。この一連の企画のもう一つの目玉は大鼓・亀井広忠師と笛・一噌幸弘師の"壮絶バトル"にあるのはi今更言うまでもありません。トークにて「思う存分吹きまくった!」と感想を述べた一噌師に、「演者を囃子方の圧力で押し出したい」と語った亀井師。その言葉に違わぬ熱いバトルでした!まさに"炎のアンサンブル"とでも言いましょうか(笑)。いろいろご意見もございましょうが、自分はこの二人の"セッション"がやっぱり大好き
「押し出されて」喜正師の舞もますます迫力を増す。亡霊のはかなさよりは、戦いの舞のような勇壮さを感じました。それが良いのかどうなのか…ひたすら見入っていた自分には判断のしようが無いのですが。
やがてスポットの光も弱く落とされ、舞の終焉が。かつての栄耀栄華を舞い切って満足したかのように、融の霊は背景の月に向かって再びゆっくりと歩を進めます。月光を反射するスロープを上がって行くにつれて、融の後姿が小さくなり、少しずつ光の褪せていく月のヴィジョンと共に、融の姿は再び漆黒の闇の中に消えていく。静かな余韻が残ります。
ひときわ目を引く大きな月のヴィジョンも、月光を反射するリノリウムの床も、それらはそれらで、あくまでマンファクターのサポートの範囲であったと思います。あっと驚かされましたが、決して邪魔ではない。非常に"良い絵"が観られたのに大変満足致しました。今回はこの喜正師のシテの回のみの参加ですが、後の2日間、他のシテさん達がどのように舞うのか、出来れば比較して観てみたかったです。
※『舎利』
出雲の国の僧が京の都の泉涌寺(せんにゅうじ)を訪ね、そこに安置されている舎利(お釈迦様の歯)を拝もうとすると、そこに不思議な風体の男が現れて、一緒に舎利を拝もうとします。すると突然男は、安置された舎利を掴んで飛び出し、寺の屋根を突き抜けて姿を消してしまいます。舎利が無くなったのに驚き恐れた泉涌寺の能力が、語り伝えにある足疾鬼(そくしっき)の執念がまだ残っているのだとして、語り伝えと同じように再び韋駄天(いだてん)に頼んで、足疾鬼から舎利を取り返してもらおうと祈願します。すると韋駄天の像が動き出し、足疾鬼を追って空を駆け、足疾鬼を追い回してついに捕えると舎利を取り返してしまいます。
休憩時間中、暗転した舞台の天井をふと見上げると、何やらぼんやりと格子状のセットが見えたので「何じゃこりゃ?」と思っていたのですが…まさかあんな風に使うとは![]()
こちらも初っ端は暗転舞台、後方がうっすらと光っていて、一番奥に小さな置物のシルエットが見えます。これが安置されている舎利。舞台手前には後見によって、小ぶりな台(後ほど舎利をこの上に置いて拝む)が置かれています。旅の僧と泉涌寺能力の会話が始まると、舞台中央から後方に伸びるスロープの両脇に数本の"光の柱"が出現、これがお堂の中の柱を表現している。光源は床から。天井に向かってやや広がっている光の筋の形状が実に厳かな印象を与えてくれます。なんとなく、キリスト教の大聖堂のようにも見える。その奥行き感が圧倒的。確かに奥に広い形のSePTなんですが…それどころではない"広さ"が見事にあらわされているんですよね。
能力が舎利を恭しく持って、舞台前方の台に設置すると、旅の僧はありがたい舎利に向かって念仏を唱えます。すると舞台向って左手から、黒頭に水衣の怪しげな男が姿を現す。最初は僧と同じように舎利に向かって拝んでいますが、急に立ち上がると舎利に駆け寄り、衣の袖に舎利を包んでしまいます。それと同時に、休憩時間から気になっていた、天井の格子状のセットが舞台上に落ちてくる!…といっても、床の上に直接ドカーンと落ちるのではなく、天井から斜めに垂れ下がる感じ。この格子の中央部分がぽっかり開いて、そこに舎利を奪い取った男が飛び込んで姿を消してしまう。つまり、この格子はお堂の"屋根"。屋根を突き破って男が逃げていく。ライティングも激しく動き、かなりインパクトのあるシーンになっております!いや、マジでちょっとビックリでした![]()
一度は引っ込んだ能力が、大きな音と振動に驚いて「揺り戻せ~揺り戻せ~!」とゴロゴロ転がってくる(大笑)。気がつくとそこにあるはずの舎利が無い!思わず「あんたが盗ったのか?!」と旅の僧に詰め寄りかけますが、僧が今目の前で起こった不思議な出来事を伝えると態度が急変。「これは足疾鬼の執念がまだ生きている…」とビビりまくり。語り伝えに則って、韋駄天にお出ましいただこうと、能力は呪文を唱え始めます。口をすぼめて息を「ぷーっ!」と噴き出すところなどは、狂言『茸』の山伏と同じ。すると、暗転している舞台後方に、まるで彗星が飛ぶような流れる白いラインのグラフィックが投影されます。白く光って飛び回るラインの中に、ひときわ大きな人影が…。
僧も能力も退場した舞台は、今までの暗めのお堂の中とはうって変って、色とりどりのまばゆい光にあふれた"異次元"に変身。ここでも余計なセットは無し、ライティングと、それを反射するリノリウムの床が、無限の空間を演出しています。そこに、先ほど舎利を持って逃げおおせた男…足疾鬼が赤頭になって(正体を現したか?)登場。舎利を大事に抱えて「しめしめ」というところだったのですが…にわかに舞台後方が騒がしくなる。先ほど大きなシルエットが浮かび上がったあたりから勢いよく飛び出してきたのは、関根祥人師演じるツレ・韋駄天!ここでも囃子方の「押し出し」が効きまくったか、すでに韋駄天の全身からメラメラと戦闘オーラが立ち上っているように見えてしまって凄いのなんの。
さてここからは最大の見せ場、ウルトラ怪獣大決戦もかくやとばかりの、異次元空間無制限一本勝負「足疾鬼 VS 韋駄天」音速バトルのゴングが鳴ったー![]()
![]()
戦いながら逃げまくる足疾鬼に、容赦なく追いかける韋駄天。スロープも、左右に伸びる通路も、もちろん本舞台も、縦横無尽に駆け回る2体の"怪物"。舞台前方での追いかけっこは、本当に舞台から転げ落ちる寸前の位置まで二人が飛んで来るので怖いくらい。ポストトークで片山師が「稽古で二度ほど舞台から落ちた」というのはこのシーンでのことなんじゃないだろうかと。
照明効果は「これでもか!」と言わんばかりの出血大サービス
天井からはもちろん、床から天井に吹き上がるように見えるライティングも駆使。しかしこれらの光の洪水…全てリノリウムの床に反射して、上下対称に見えているのなら…それこそ上下のない宇宙空間で、2体の怪物が空中戦を繰り広げているように見えちゃったのではないかなぁ~特に2階席3階席![]()
やがて韋駄天に完全に首根っこを捕まえられた足疾鬼、観念して盗んだ舎利をおずおずと韋駄天に返します。この時の足疾鬼が、こっぴどく怒られた悪ガキみたいに見えてなんか可愛かった
「もうしません~~もうしませんから許して~!!!」と訴えているように見えてしまう(笑)。見事舎利を奪還して意気揚々と去って行く韋駄天とは対照的に、両袖を頭の上に乗せてしょんぼり縮こまっている姿はどこか憎めません。
これを"スペクタクル能"と言わずして何と評すれば良いか。『舎利』自体は初見だったので、こんなに強い刷り込みが入ってしまうと、今後普通の能楽堂での『舎利』を拝見する機会があったとしても、もうマトモに観る自信がありません
文句無しに「面白かった!」めちゃめちゃ楽しめました。子供達が観たら戦隊モノみたいで喜ぶかも![]()
やろうと思えば、能はここまで「行けちゃう」んだなぁという実感。こういうエフェクトの是非は人それぞれなんでしょうが、あれほどトークで「難しい体験だ」と仰っていた能役者の方々が、この演出の中で充分に輝いていた、バチバチと火花の散るようなオーラを発散していたことは素晴らしかったです。とにかく見入っていたのは演出効果だけでは決してありません。当たり前ですが、役者あってのスペクタクル。だからこそこれほど面白かったのだと思います。前回の『鐡輪(かなわ)』で非常にキモチワルイ"消化不良"を起こしていた身としては、今回でかなり「すっきりサ●ロン」な気分になれました![]()
※ポストトーク
(注:例によって語られたそのままの言葉ではありませんのでご容赦を)
スペクタクル能(笑)『舎利』の興奮も冷めやらぬまま、休憩をはさんでポストトークへ。舞台上には椅子が4脚にミネラルウォーターのボトルが4本。まず登場したのは揃って黒紋付に袴姿の"悪党仕掛人三人組
"。首領(ドン)こと萬斎師より「いつも自分達が立っている檜舞台をそのままここでも使うのでは、能楽堂と同じで変化が無く敢えてやる意味が無い」ということで、今回は真っ黒で光を反射するリノリウムの床に、3本の橋掛かりも取っ払って"通路"にした、とありました。座席は舞台向って左より萬斎師、一つ置いて亀井師・一噌師の順。
今回の感想を萬斎師に求められ、まず振られたのが一噌師。「『融』は吹き出(「吹き甲斐」の意味か?)のある曲。なにせ"十三段"、非常に長い。五段+五段+三段のメドレーになっている」ちなみに"十三段"とは「『黄渉早舞(おうしきはやまい)』五段+『盤渉早舞(ばんしきはやまい)』五段+『急之舞』三段」のこと。「ひたすら吹きまくって楽しかった♪」と一噌師。「えっと…13日の金曜日…あ、今日は13日じゃないですが金曜日ですね…13段の金曜日(客席総苦笑い)…」すかさずなだめる隣の亀井師
今回も交通整理役なのか…。
続いて亀井師。「今回はこれだけのセットを組むので、音響作りから立ち会わせていただいた。劇場という空間で何が表現出来るのか、大変勉強になった」こういう舞台空間での囃子方のあり方について「立ち方(演者)を音で"押し出す"のが囃子方の役目。気迫で演者を"押し出し"たいのだが、昨年は見えないところ(舞台から一段下がったところ)にいた所為か、圧力が足りなかったように思う。なので今回は舞台のエプロンサイドに地謡と対称で出させてもらった」萬斎師からも、普段は囃子方と地謡が舞台上で直角に配置されているのを、ここではお客さん側に向かって開くように配置した工夫が語られ「この囃子方と地謡が並んだところってどうなってると思います?」と客席に問いかけが。問いかけておきながら萬斎師「それはひ・み・つ
(←おい)」客席から「教えて!!」の声が飛んだので、ぼそぼそっとヒント程度の説明があったのですが良く聴き取れず
「電気が通ってて云々」というのは聞こえたのですが…。
今回は照明効果のために舞台にスモークがたかれていましたが、亀井師「スモークに物凄く湿り気があるんですよね。これが大鼓には致命的なことで…状態を保つのが大変でした」すかさず隣の一噌師「スモークがあるとすもーく(すごーく・苦笑)ごにょごにょ…(←肝心のオチが聴き取れず)」今回のトークは萬斎師・亀井師共闘態勢で、一噌師抑え込みの手際が良い![]()
ここでいよいよ『舎利』にてシテをつとめた片山清司師登場!同じく黒紋付袴姿で、京の都のはんなり空気は健在。さっそく萬斎師に舞台の感想を求められ「スモークと、大量の照明の中で演じましたので、まるで蒸し器の中の饅頭のようでした(会場大爆笑)。あ、これだと感想じゃないですかね…"乾燥"じゃない…蒸し器…(会場呆然)」牽制され抑え付けられていたはずの"幸弘菌"がこっそりと片山師に感染していた模様
稽古・リハーサル等については「劇場スタッフが一丸となって"大魔王(=萬斎師・笑)"の言うことをきいて動いているという印象ですね~」ついに大魔王になっちゃったよ芸術監督ドノ。
萬斎師「座席の位置が普段の能楽堂の直角配置と違ってぐるりと円形なので、"正面"がどこだか分らない。どこを目標にして演じるか難しい」これは片山師も同じで、橋掛かりも柱もないところなので、目安・目印が設定できない難しさを痛感するとのこと。「床もリノリウムで黒一色、こういうのは体験したことがありませんから、まるで深海に突き落とされたようです(会場大笑)」と片山師。
面をかけて演じるため視界が非常に狭いところにもってきて、更に舞台が黒基調で空間感覚が掴みにくいことに関して片山師「お客さんの気配とかにも敏感になります。常に神経を研ぎ澄まして感覚を掴もうとしている」そこに一噌師乱入「それは"触角"ですよ~触角がぴょ~んと出ちゃって、それで感覚を掴んでいらっしゃる(会場大笑)!」フィンガーアクションでぴょ~んと触角を表現する一噌師
「ああ~確かに触角を使ってるみたいですよね~」と今回はあっさり同意の片山師。やっぱり虫ネタに行ったか一噌師…。
前回は能の形態からあまり大きく外れないで作ってしまった(「能役者側に寄ってしまった」みたいな意味だったかな?)ので、その点では反省すると言う萬斎師「能役者さんが、今まで体験していないハジメテの場所(リノリウム床、スロープ、十字に配置された通路など)に置かれることで、役者としての適応能力を試されているところもあるかと思います」サラリと言ってしまいましたが…結構大胆な発言かと
「今回の舞台では、柱を照明効果で作っているので、今まであった"光の柱"が、次の場面になると消えて無くなっているということがしょっちゅう。こうやって出たり消えたりされるとパニックになるんですよ。目印が無くなっても空間感覚を掴んでいける能力をつけないといけませんね」と片山師。
「普通能楽堂では舞台の前に申し合わせを1回、なんですが…こういう舞台ではずいぶんリハーサルを重ねました。いろいろ苦労も多かったですが…」と振る萬斎師。応えて片山師「苦労は多かったですが、『無理か?』と言われると逆に何としてでもやり遂げたいと思ってしまう。無理を承知でやっちゃうところは…マゾっ気があるのかなぁ、と(会場笑)」萬斎師「苦しんだ先に"何か"を見出す喜びがあるというのはマゾっ気なのかも(おいおい)。日本には、役者に動きづらい高下駄を履かせる演出家がいまして(もち蜷川さん・会場笑)、敢えて役者に厳しい負荷をかけて、その苦しさの中から生まれるものを期待しているんだと思います」今回のこの舞台も、能役者さん達に意図的に負荷をかけた、ということですな。
「ユキちゃんは?」と振られた一噌師「う~ん、僕はどこでも演ってるから意外と大丈夫ですね~(会場大笑)♪」亀井師は「劇場だと、いろいろなタイプのお客さんがいらっしゃるので、その反応が怖いというのはあります。あと、演者が足場の見えにくい舞台から落ちやしないかとヒヤヒヤしてました」今回の舞台では、舞台天井にセットが備え付けられていて、それが舞台上に落ちてくる演出があったので「その(セットが落ちてくる)瞬間、お客さんが『うわっ!』というお顔をされるのがこちらから見えるんですよ(ここで亀井師「このあたりの方」とある座席の方を指差す。そのあたりのお客さん達、思わず照れ笑い)。とにかく、演者に事故が無くて良かったなぁ今は思っています」
「…実は稽古中、2度ほど舞台から落ちたんですよね…」と片山師ぼそっと。これには会場のお客さん達もびっくり。とにかく大事に至らなくて良かった良かった
「やはり一役者としては、本来の能役者をつとめながら、心の底では『この四本柱から飛び出してみたい』という気持ちがあります。だからこのような劇場では思いきり"はじけて"みたいですね」
危険演出の張本人(笑)萬斎師「そういう意味では皆さん、命懸けでした。生半可でない精神力を見せていただきました。そう、まさに触角を働かせて(会場笑)…このユキちゃんの言葉は適してるよね(笑)。能楽師の"心意気"を感じましたね」普段能舞台でやっていることを、そのままでなく自分なりに、自分のやりたいカタチで具体的にあらわしていこうというこの試みは、これからもしっかり続けていきたいという萬斎師のシメで、ポストトークは終了。
最後に質問コーナー。時間の関係上おひとり様のみ。「能を演じる上で一番辛い姿勢は何ですか?」というものでしたが…片山師「能は"拷問の芸能"と言われますからね(会場大笑)。だいたいキツい姿勢が多いんですが…一番キツいのは、立膝で背筋を伸ばして長時間じっとしていること」子供の時から叩き込まれますが、子方の時代は「○分間じっと我慢すれば良いんだからね」とよく言い含められたそう。萬斎師も「構えて立っているのが辛いんですよね。動いている方がずっと楽」ここに囃子方の二人も乱入。一噌師「広ちゃんの大鼓はやっぱり手が辛いよね~(亀井師うなずく)。自分も吹きっぱなしで息が辛くなりますけどね~」その後も二人であれやこれや。萬斎師に「なんか"辛い自慢"になってますが」と突っ込まれる
「これもまた、先ほど話しましたように、辛いところを乗り越えて"見える"ことの大きさなんでしょうな」とシメる萬斎師。
今度こそ終わろうとしたところに突然手をあげてとどめる一噌師!「実は片山さんが能楽の絵本を出されてるんですよね!これが実に素晴らしい!宣伝させていただきます(笑)。今回の『舎利』もありますので是非皆さん、ご覧になってみて下さい!」突然の熱弁にやや気圧された3名ですが、萬斎師も「まず『舎利』が今で言えば『ウルトラマン』のお話みたいなものですから♪」と続く。なるほど、あの派手派手しいライティングに全く違和感が無く、しっくりとハマっていたのはそれだったのか!と一同納得したところで、今宵の全行程が終了致しました。終了時刻は意外に早く、午後9時35分ぐらいでしたか。その時間以上に濃ゆいトークでございました![]()
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