失敗は成功の母ですか。
『わが魂は輝く水なり 源平北越流誌』
2008年5月10日(土)14:00~、5月16日(金)19:00~
於:Bunkamuraシアターコクーン
作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄
斎藤実盛:野村萬斎 斎藤五郎(亡霊):尾上菊之助
斎藤六郎:坂東亀三郎 藤原権頭:津嘉山正種
郎党時丸:川岡大次郎
巴:秋山菜津子 ふぶき:邑野みあ
中原兼光:廣田高志 中原兼平:大石継太 郎党黒玄坊:大富士
平維盛:長谷川博己 乳母浜風:神保共子 城貞康:二反田雅澄
木曽兵1/平家の兵:清家栄一 木曽兵/平家の兵1:井面猛志
木曽兵/平家の兵2:篠原正志 木曽兵/平家の兵3:高橋広司
木曽兵/平家の兵:岡田正・時田光洋・関戸将志・高橋行・中村大輔
安齋芳明・加藤亮佑・窪田壮史
10日の"初戦"の後、なかなか感想を書けないでいましたが、16日でやっと自分なりの"観方"が出来たように思えましたので、ボチボチ自分の"失敗談"として書いてみます![]()
清水邦夫さんのお名前は、以前世田谷はシアタートラムにて宮沢章夫さんの現代能楽集『鵺/NUE』を拝見した際、芸術監督ドノとのアフタートークで出て来た時に初めて知った次第(苦笑)。今回この『わが魂は…』の感想を各所で読むに至って、多くのファンを持つ方であることも今更ながらに知りました。蜷川さんと清水さんの関係というのも、そのアフタートークで少し語られていたと思いますが、詳しい事は今回の舞台のパンフレット(蜷川さんのインタビュー、扇田昭彦さんの文)で知りました。
ハッキリ言ってしまえば、このパンフに書かれているその辺りの件に関しては、私にとっては「要らんこと」でした。自分がその時代をリアルタイムで意識出来ていないし、個人的にこういう時代の諸々の事象に激しいアレルギーがある(この辺りは『鵺/NUE』の感想にもちょっと書いたかと思います)。そこを熱く語られても困るというのが(わがままな)本音です。ところが、出来るだけ余計な情報は入れずに、とは心がけていたのですが、アレルギーがあると思うとかえって、止せばいいのに余計に探ってみたくなるというか(一種の防衛本能でしょうか・爆)。まずそれ以前にこの戯曲について何も知らなかったし、とりあえずはネットも使って"下調べ"的なことはやっておいた。それがまず"失敗"であったなぁ、と。よくよく考えればオバカな話ですが![]()
お芝居としては確かに面白かったです。先に戯曲を読んで、字面からはしかめっ面で事を運んでいくような印象を受けましたが、実際の舞台ではコミカルな部分もふんだんに織り込まれていて、セットも仕掛けアリで視覚的・聴覚的には飽きさせない。しかし、前宣伝(?)で言われていたような"集団の狂気"が全く(本当に全く)感じられなかった。言葉(台詞)にも何度も「狂っている」と出て来ますがものの見事に言葉が上滑りしている風にしか聞こえない。一人一人のキャラクターが今一つ立ち上がらぬまま終盤を迎え、ラスト、斎藤実盛の有名なエピソードを、実盛役の萬斎師と息子・五郎の亡霊役の菊之助丈の"伝芸コンビの力業"で無理矢理(?)納得させられて感動させられてしまった
面白かったところは面白かったとして、その一方で「なんだか良く分からんうちに上手く丸め込まれたなぁ」というモヤモヤ感が残ってしまいました。
ここが落とし穴だったと思います。連合赤軍や、新劇VS小劇場の対立(?)やらといった当時の事象そのものを具現化しているわけではないが、それらの事象が内包していた要素(集団の狂気、若者と年長者の齟齬などなど)を普遍化して浮き上がらせているなどという、ある意味懇切丁寧な"前情報"でさえ、自分の目の前に余計なフィルターを掛けるには充分すぎるほどだったということです。まず前提ありきで観てしまえば減点法の見方しか出来ない。開演した瞬間から、自分の中の真っさらな土台にゆっくりと丁寧に積み木(舞台から得られるもの)を積み上げていくという至極真っ当な作業を見事に怠ってしまった。
ということで、次の16日ソワレまでに"フィルター取っ払い作業"を行いました
といっても、要するに「原作に帰れ」と。その場での役者の言葉・表情、ソレだけに集中してみようと思いました。これはそれこそパンフにも書かれていることですが、原作の文章は実に美しい。じっくりと聴くに値するコトバであると思います。人間の狂気も、老いと若きの対立も、森の国という"ユートピア"幻想も全部一度リセットして、自分の中に真っさらな土台を作り直し、役者の紡ぐ言葉に耳を傾ける。それしか無いのではないか、と。そうそう、1回目の印象ももちろん全てリセットです![]()
そして迎えた16日。足が震えました。終演後、渋谷駅に向かう文化村通り上で、膝がガクガクするのが止められなくて一度立ち止まるぐらいでした(コクーンから帰る人々でごった返す中申し訳ございませんでした
)。
ありきたりな表現しか出来ないのがもどかしいですが、「言葉に魂が籠もる」というのはこういう事かと思いました。各方面で常に絶賛傾向にあった某役者さんに対してなど、10日には全く自分の中に引っ掛かって来ず、「ああ確かにお上手はお上手ですよねー」と皮肉っぽい感想しか持てなかったのとは大違い。何故彼女が狂気に陥っていくのか(←これで某役者さんが誰だか丸分かりですね
)、彼女の語る中に全てが表現されていたと思います。具体的に「これこれこうだから」ではない、魂がコトバの中に情念を籠めて放射している、そういう印象です。
登場人物の一人一人の「理」が台詞の中に立ち上がって見える。ご丁寧な前提など知らなくても、役者さん達一人一人がキャラクターを"積み上げて"くれる。生き生きと血が通う群像劇。舞台上でリアルタイムで創り上げられるドラマがどれだけスリリングであることか。不思議な(皮肉な?)ことに、そうやって真っさらになって観てみたことによって、ここで初めて前述した要素(集団の狂気、老いVS若さ)が自然に浮き上がって来るのが感じられました。浮き上がって来るものは一つではない。テーマを一本に搾るのもつまらない。観客一人一人に"心に溜まるもの"を取捨選択出来る自由さがある。ご丁寧な前提にとらわれていたらその自由は無かったと思います。もしかしたら、清水さんの訴えたかったこととは違ったものを得てしまうというのもあるでしょう。しかしこの戯曲にはそれさえもあっさり許して包み込んでしまう大きさがある。象徴的なラストシーンに、ワケも分からず涙してしまう方が多いのは、その戯曲の大きさに包み込まれた安堵感(?)がその理由にあるかも知れません。観客一人一人の"心に溜まったもの"が、あの実盛の安らかな"最期の表情"によって全て浄化されていくような。
10日から16日までそこそこ日が開きましたので、その間に役者さん達が更に錬れてきて良くなった、という見方も出来るかとは思いますが、それよりも何よりも、自分が変な前提に寄りかかってしまった為に、初戦はモヤモヤを残してしまったというのは残念でした。10日と16日のあまりの違いに、16日分はやや褒めちぎり過ぎの感もありますが、そのくらい落差が凄かったということでご理解いただければと思います
初戦で大チョンボしたおかげで目が覚めました。次回の25日には、また印象が変わって見えるかも知れません。個々の役者さんや演出については、気力があれば
後ほど書きたいと思います。
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コメント
はじめて書き込ませていただきます。
10日に私も観劇してまったく同じ感想を持ちました。
2階席で見たからかもしれませんが台詞がほとんど素通りしていき、何かよく解らないまま終わってしまったのです。
私の理解力不足なのか、と思っていたのですが・・・
今回の管理人様の感想を読んで2回目が楽しみになりました。
今度は役者の言葉にもっと集中して見てきたいと思います。
ありがとうございます。
投稿: 草の露 | 2008年5月18日 (日) 15:46
感想お疲れ様でした。
自分は原作とインタビュー以外は予備知識無しで見ました。そのせいかすんなり入れたというか・・涙と震えが止まらない状態に。
なので皆さんの反応がかえって意外だったというか「え??私だけオカシイ??」とかなり戸惑っていたのでした
そういえば序盤と演出が変わったという噂がありますが本当でしょうか?もし事実なら当日券で見に行こうかなと思います。
投稿: 紫陽花 | 2008年5月19日 (月) 23:56
あれこれ横道に逸れていたら大変な亀レスになってしまいました~
>草の露さん
はじめまして!拙文を読んで下さってありがとうございます
草の露さんも同じ10日にご覧になったのですね。何というか、第一印象は「不思議なお芝居」でした
どこに"腰を下ろして"観れば良いのか、まごまごしているうちに2時間45分が過ぎてしまったというか
後々なんらかのお役にたてているなら嬉しい限りです
また新しいご感想が生まれたら教えて下さいね
今現在で、草の露さんの2戦目は終了されているでしょうか?今読み返してみても、自分で書いておきながら何を言ってるのかさっぱり分からないエントリですが
>紫陽花さん
そうなんですよね、余計な情報を入れてしまうと、どうしてもその情報という"色眼鏡"をかけた状態で観ることになる。当日気にしなきゃいいんだと頭で思っていても、一度入ったモノはそう簡単には抜けないんですね

後々の反省になりました。
演出ですが、自分の初見は本当の序盤よりもちょっと後だったので、もし変わっていたのならその時点では事後だったかも知れません。お芝居は日々様相を変えていくものだとは思いますが…どんな風に変わったんだろ?それは正直興味津々です
投稿: RICC | 2008年5月23日 (金) 23:59